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須賀川松明あかし

2019年11月18日
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10数年ぶりに須賀川市の伝統行事、松明あかしにやってきました。
とにかく迫力のある火祭りで、大興奮なのです。

松明あかし/須賀川市公式ウェブサイト
由来はなど公式サイトに詳しいですが、歴史にうとい私が理解できているかは微妙(汗)


この日は、須賀川市在住の知人が案内他、いろいろ段取りをしてくれました。
先着で小松明をゲットすると、松明の近くまで行ける特典。松明と言っても、危なくないよう竹の先に火の玉を釣る形、布に重油をしみ込ませ、火をつけてもらいます。

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さあ高台の会場まで行進です。意外に火が大きくてビビる友人。

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会場の広場で松明は回収されます。
会場は林立する大松明を囲むように運営の方達がいて、その後ろにわれわれ小松明もってきた観客、そして少し離れた後ろに、一般の観客が囲むようにいます。

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大松明は目の前、すごく近い。待つことしばし、火がつき始めました。
少し離れた場所では、地元須賀川高校の太鼓隊の演奏が続いてて、気持ちも盛り上がります。

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ちょっと聖火っぽくない?

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どんどん火がついて燃えてます。

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大松明にははしごが組まれていて、袴姿の若者が登っていって火をつける…のが基本です。点火する若者は地元の学校などの代表らしい。
隣の大松明は盛大に燃え、バチパチと火の粉が舞う中を登っていくので、どきどきします。
点火と同時に会場からは大きな歓声。

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うは〜、目の前の松明と炎、かっこいい。
今年は11月9日開催。昔は12月の伝統行事だったそうで、雪の中の松明もきれいだったそうです。

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大迫力。松明は竹を使って組んでいて、炎を共にパン、パーン!と竹のはぜる音もすごいです。

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火が松明全体に回ってきました。
火の粉もたくさん飛んで来るので、おしゃれ着で来ない方がいいです。

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人のシルエットは、観光協会の撮影スタッフ。どんどん火の中に入っていくのでちょっと恐い。

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火の粉が盛大に舞うようになると、松明を囲んでいる消化隊が、公園の木や芝生に飛んできた火の粉を消しにかかります。
そういえばこの日は風もなく、松明あかしには最高の天気でした。

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炎もフィナーレ、今度はアラブの油田みたいになってきた。
目の前の炎がすごい、こんな近くで見られるとは、知人に感謝。

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倒れかかった大松明をあとに、そろそろ帰ります。

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松明が燃えている間、ずっと演奏していた太鼓隊、お疲れさまでした!
ライトアップされた紅葉も美しい。

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おまけ、トイレに寄った須賀川市役所前に立つウルトラの父。
福島県須賀川市は、ウルトラマンの産みの親、円谷英二監督の出身地でもあります。町のあちこちにウルトラファミリーがいるのです。

すかがわ市M78光の町

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風に揺れる秋明菊

2019年10月21日


淡路の野島の崎の浜風に妹が結びし紐ひも吹きかへす
柿本人麻呂 万葉集

淡路島の野島の岬で浜風に吹かれていると、妻が結んでくれた衣の紐がひるがえる。
当時「結ぶ」という行為には、魂を現世に結ぶという呪術、おまじないのような意味が込められていたという。今よりずっと危険を伴うであろう当時の旅、無事を願って衣の紐を結んだ妻と、妻への思いがあふれていますね。

日が陰り、風にたわむ秋明菊。
被災地の誰かを気にかけるたくさんの人のように見えました。

台風の被災地にボランティアにと思っていましたが、夏に患った病は完治しないまま、土ぼこりが舞い、感染症のリスクが高い場所へはいけないことに気づいたのでした。
別な手助けができないか考えようと思います。

台風19号に係る福島県災害ボランティアセンター
市町村災害ボランティア情報

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台風と散歩道

2019年10月19日


各地に甚大な被害をもたらした台風19号。
我家的には被害もなく、少し落ちついた10月13日の午後、川沿いのいつもの散歩道を歩いてみることにしました。

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ここは阿武隈川の支流、周りは田畑です。
護岸工事をしていないところでは、大量の水に茂っていた柳などの灌木がなぎ倒されています。

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がっちりした根も土が流され根がむき出しに。こんな頑丈な根をはった木が倒される、水流の凄まじさを感じます。

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灌木やアシでよく見えなかった川は、すっかり流され川面までよく見渡せます。こんなに川幅あったんだなあ。
ここに支流があったことさえ気がつきませんでしたが、今はよく見えます。

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このあたりの稲刈りは半分くらい。あちこちで川があふれた跡があります。刈った稲が流れては戻り、固まったまま刈り取っていない田んぼに入ってしまっています。
稲は倒れたくらいなら大丈夫ですが、この時期に稲穂が水に浸ってしまうとどうか?なんでもないところも多いですが、こういう場所もたくさんあります。

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崩れてしまった土手、こうなるとお米は厳しい。
あまりに災害現場が多すぎて、報道が間に合いません。当然ですが人や人が暮しているところが最優先なので、農業の被害はこれから増えていくと思われます。

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これは国道の法面、小さな災害をあげればキリがない。
我がご近所はまだまだ穏やか、本宮市、郡山市などでは、住宅地が飲み込まれたり、大変な場所もあります。ニュースなどでご覧になった方も多いと思います。そんな場所では写真を撮ることもはばかられます。
復興までには相当時間がかかりそうです。


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あの日のオオイヌノフグリ

2019年03月11日


東日本大震災から8年、もう8年…月並みですが早いものです。
散歩をしていると、あちこちでオオイヌノフグリが咲いています。

2011年3月11日は、仕事中に大地震に見舞われました。夕方から空は真っ暗になり雪が降り出し、3月なのに真冬に戻ったようでした。
翌日は何もかもが大混乱でしたが、前日の雪が嘘のように晴れました。自宅の周辺では、日差しをあびてたくさんのオオイヌノフグリが咲いていて、ぼんやり見ていたことを思い出します。

震災を思う時、オオイヌノフグリも思い出します。
3月11日の底知れない不安を象徴するような暗い空と、翌日の穏やかな陽気、そして気持ち良さそうに咲いていたオオイヌノフグリ。
思えば、この花にずいぶん救われました。

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福島のこの頃 サン・チャイルドと私

2018年09月01日
ヤノベケンジさんの作品はとても好きなんですが、福島をめぐって、ちょっと残念なニュースがありました。

福島で賛否両論...「子ども立像」 福島、現代アート表現に 2018年08月14日 福島民友
 現代美術家ヤノベケンジさんが原発事故からの復興の願いを込め制作し、福島市が今月、福島駅近くの「こむこむ」に設置した子どもの立像「サン・チャイルド」の表現に一部から批判の声が上がっている。一方、現代アートという観点から「表現として抽象化している」「福島の未来を明るく思う作品」など肯定的な声もあり、13日には木幡浩市長が「指摘を真摯に受け止め、市民の意見を聞いた上で取り扱いを検討する」とのコメントを発表した。

↓この記事が一番まとまっているようです。
防護服を着た子供像「サン・チャイルド」は、なぜ福島で炎上したのか

最終的にサン・チャイルドは撤去することとなりました。
私個人の結論を言ってしまうと、サン・チャイルドを福島駅前の公共施設に展示することには賛成できません。

ヤノベさんは原発事故後のチェルノブイリを訪れて、作品を制作しています(アトムスーツなど)。
東日本大震災後は、福島のアートイベント「福島現代美術ビエンナーレ」に毎回作品を展示しています。いずれも巨大な子どものアート作品です。
会場ではちょっとお話する機会もあったりで、私にとって親しみを感じる方です。

子どもの立像「サン・チャイルド」は、福島現代美術ビエンナーレ2012で福島空港に展示され、アートイベントの作品の一つとして、私も当時見ています(この記事の一番最後の写真)
私がこれまで、直接見て来たヤノベさんの作品は、いずれも大きな子ども、大きくてかわいい。とても魅力的です。
「サン・チャイルド」もそうした大きくてかわいい作品ではありますが、福島の原発事故をうけての作品です。

アート作品とは、作家がどのような表現をしようと自由です。それが過激であろうとつまらないものであろうと作家個人の表現ですから。ちょっと違うのでは?という解釈でもです。
批判を受けることも、必ずしも世間に迎合しないことも作品の一部です。これは評価や、見る側の好き嫌いとは全く関係ありません。
私にとってアートとはそういうものです。

しかし美術館やイベントに作品として展示するのではなく、公共施設に恒久的に設置されるとなると、それはオフィシャルであり、メモリアルであり記念碑の意味になるような気がします。
サン・チャイルドを公共の場に展示することは、希望や悲しい事故を忘れない…というより、この場所(福島)が汚染された地域と烙印を押されたような…私はそのような気持ちになりました。
受け止め方は様々あると思いますが、アートと記念碑は全く違う。私は、ヤノベさんの作品のファンでありながら、きっぱりそう感じた自分にちょっとびっくりしているくらいです。

防護服(どっちかいうと宇宙服だけど)をイメージさせ、顔に絆創膏、ガイガーカウンターを持つ子ども。
福島市内で防護服が必要になったことはない、カウンター「0」はこの世界であり得ない…ということだけが問題ではないと思います。
では、実際防護服着用がルールだった原発から近い地域、今も帰還のめどがたっていない帰宅困難区域にこの立像があったらどうなのだろう?
…やはり、いらないかな、私はそう思います。

私は福島の中通り地方で、事故前と変わらない普通の暮らしをしています。
原発事故後の福島県には、現実的な危機もたしかにありましたが、それはほぼ過ぎました。
問題はその後です。見えない恐怖や不安にあおられ、社会の風評に長く翻弄された…今もそうです。
反原発の象徴となり、まるで福島が危険であればあるほど都合がいいか?…そんな風に感じたこともありました。きちんと検査された野菜や米を出荷しても、毒を撒いていると言われたり、福島の人は結婚できない、女の子は子どもを産めない、みんなガンになる…等々。
本心から心配しているのかもしれませんが、そうした状況に、福島の人々は怒りや屈辱感、あるいは無力感を覚えてきました。

サン・チャイルドを公共的な場所に設置するということは、そうした良くない記憶を思い起こさせる…私を含めそのように感じる人が多かったということではないでしょうか。
(ただ撤去されなくとも、設置されて時がたてば町になじみ、誰も気に留めなくなる、モニュメントとはそういうものだとも思っていました。)
これがヤノベさんの他の作品、フローラやサン・シスターなら、何の問題もなかったのですが、残念です。

私がヤノベさんの作品が好きなことに変わりはありません。
今後も活躍して欲しいと心から願っています。

「サン・チャイルド」撤去へ 福島市長謝罪、設置継続は困難 2018年08月29日 福島民友
 木幡浩市長は記者会見で「賛否が分かれる作品を『復興の象徴』として設置し続けることは困難と判断した」と述べ、謝罪した。
 展示が始まった今月上旬から、交流サイト(SNS)などで、立像が防護服姿であることや、線量計を模した胸のカウンターが「000」となっていることが「風評被害を助長する」「非科学的」との批判が集中。作品の表現を評価する声もあり、市の対応が注目されていた。


【8月18日付社説】サン・チャイルド/賛否を福島の未来への糧に 福島民友

福島市のサン・チャイルド騒動で作者ヤノベケンジ氏謝罪 「これ以上対立が生まれることは避けたい」「細心の注意を払うべきだった」2018年08月28日
ヤノベケンジさんのコメント。
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ヤノベケンジさん作品について書いた以前の記事
写真はすべて私が撮ったもの。かわいいでしょう?
私がどれだけヤノベさんの作品に親しんできたかよくわかる(笑)

ヤノベケンジ+増田セバスチャン「フローラ」〜福島現代美術ビエンナーレ2016 2016年11月14日
二本松の菊人形に「フローラ」登場
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舘形比呂一 ダンスパフォーマンス「棘」〜福島ビエンナーレ2014 2014年10月18日 
喜多方開催「サン・シスター」展示
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福島現代美術ビエンナーレ2012 ぶらぶら歩き 2012年09月21日
サン・チャイルドが福島空港に展示されたイベント
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胸さわぎの夏休み イチハラ×やなぎ×ヤノベ×小沢=∞、美術館で熱くなれ! 2010年08月18日
こちらは震災前の美術展。「ジャイアント・トらやん」の他に、ヤノベさんがチェルノブイリで着たアトムスーツも展示。…今となると複雑ですね。

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