福島のこの頃 福島第二原発廃炉へ

2018年06月15日
福島第2原発・1~4号機全て廃炉へ 東電社長、内堀知事に表明 2018年6月14日 福島民友
東京電力の小早川智明社長は14日、県庁で内堀雅雄知事と会談し、福島第2原発全4基を廃炉とする方向で検討すると伝えた。震災、原発事故以降、県や県議会などが再三求めてきた福島第2原発の廃炉を、東電トップが初めて受け入れた重大な発言で、本県の復興は大きな岐路を迎えた。
福島第二原発「廃炉の方向で具体的に検討」 東電社長 2018年6月14日 朝日新聞
福島第2原発「廃炉」...歓迎と心配 「もろ手挙げて喜べない」2018年06月15日 福島民友
東京電力が福島第2原発の廃止方針を示したのを受け、同原発が立地する富岡、楢葉両町や東電と取引のある企業の社員などからは廃炉を歓迎する声や雇用などを心配する声が聞かれた。
【原発ゼロへ・第2原発廃炉表明】突然表明に波紋 臆測行き交う 2018年06月15日 福島民友
なぜ今なのか。第1原発の廃炉、損害賠償への対応に第2原発の廃炉が加わることで、東電には巨額の費用負担がのしかかる。この費用負担の鍵を握るとされるのが、柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働だ。
新潟県知事選では自民、公明両党が支持した花角英世氏が勝利。花角氏は再稼働を巡り、前知事が進めた検証を継続し、県民意思を尊重するとして慎重な姿勢を崩していない。ただ与党関係者には「野党候補が勝利すれば、再稼働が見込めない事態に陥る可能性があった。(慎重派の)前知事よりは環境が整えやすくなったのでは」と期待する向きがある。与党関係者は東電が数年後の柏崎刈羽原発の再稼働を見込み、かじを切ったと指摘する。


福島県には、震災により深刻な事故を起こした第一原発の他に、第二原発もあることを、県外の方はもう忘れているかもしれませんね…。
事故は免れましたが、震災以降停止したままだった第二原発。これからどうするのか?うやむやのまま7年もたってしまいました。
私個人としては、廃炉が決まりほっとしたというのが率直な思いです。
福島で原発は、とにもかくにもありえない…私を含む多くの県民はそう思ってきたわけですが、一部の方、原発によって恩恵を受けて来た方の中には、「わかるけど複雑」そんな方も多いようです。立地自治体には、雇用や莫大な交付金などがあったわけですからね。あれほどの深刻な事態になってもなお、原発に頼りたい思いが、福島県民に少なからずいることに、私も複雑です。
廃炉となっても「はい閉店!」とは行かないのが原発で、第一原発ほどの困難はないにしても、長い年月と費用がかかることになります。

停止から7年…長いです。なぜ今になって廃炉が決まったのか。
先日の新潟知事選によって、与党推薦の候補が当選し、震災以降停止していた柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働が見えて来たことが要因ではないかと、複数のメディアが伝えています。
であれば、福島の原発は無くなることになりましたが、国の原子力政策はさらに前に進むことになります。
震災以前、原発に反対する知事は失脚する(当選しない)と噂されてきました。結局あの時代に逆戻りではないのか、そう考えざるをえません。

東京電力は、柏崎刈羽原発(新潟県)も福島第一、第二原発など、電力の供給圏外に多数の発電所を擁してきました。それは原発だけではありません。歴史的にそうだったとも言えます。
福島県内の原発はなくなることになりましたが、福島県内には東電(売電先が東電を含む)の水力発電所、風力発電所など、まだまだたくさんあることをお忘れなく。

朝日新聞(社説)福島第二廃炉 東電は責任まっとうを 2018年6月15日
第二原発 全基廃炉へ 2018年6月14日 福島民報号外
福島第二原子力発電所 - Wikipedia

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福島のこの頃、TOKIOのこの頃

2018年05月15日
TOKIO山口君の事件にはびっくりしました。まさかこんなことになるとは…と。
私は彼らの熱心なファンとまではいかないですが、鉄腕DASHは、特にDASH村はおもしろくてよく見ていました。DASH村が福島県にあったからというだけではなくて、農業の新しいアプローチも新鮮でした。
演出があったとしても、これだけ長く続いたのは、TOKIOの気持ちがあったからこそと思っています。

そして震災と原発事故が起きました。被災地では陰日なたで、有名無名多くの方から支援を頂きました。しかし原発と放射能という、福島県をめぐる状況はとても厳しく、大きな不安をかかえることになってしまいました。
避難や不安をあおる有名人、学者も多い中、TOKIOはDASH村の縁もあり、早い時期から表に立ち、不安をあおることなく、ではどうするのがいいのか?という立場で、福島県にずっと寄り添っていてくれたように感じています。

今回山口君が起こした事件はとても残念です。私は、なんというか遠い有名人というより、古くからの友人、同じ故郷の人を心配するような心持ちになりました。
TVでは明るく頼もしく見えても、これほど弱く闇を抱えていたのかと。人間は複雑です。
どっちが真実かと言えば、たぶんどちらも山口君がなんだろうなと思います。いい年をした大人(オッサン)ゆえの生き方の難しさもありそうです。他のメンバーの会見を見てもそう感じます。
このような事件を絶対に許せないという方もいると思いますが、私はこれくらいで済んで良かったと…個人的には思ってます。示談も済みましたし、社会的制裁も十分受けたのではないかと。ですから、取り上げ方がちょっと大きすぎるのではと感じていました。

やってしまったことは消えませんが、だからと言って、TOKIOが福島のためにしてくれたことが消えることもありません。
ですから、ネットから「今度は福島がTOKIOを応援する番」という盛り上がりも、PRとして起用していた福島県が、いち早く続行を決めたことも納得でした。
気がかりはこれからのことです。
一番は被害に合われた方です。大きなニュースになりましたが、これが彼女の人生に影を落とすことになってはならないと思います。彼女は傷を負ったのではない、むしろこんなアクシデントがあったなくらいで忘れてもいい。この件に囚われずに自由に未来を生きてもいいんじゃないかと思います。

そして山口君は、体と心の健康を取り戻すことから。
もう終わり…みたいなことをネットで撒き散らす人もいてうんざりです。
罪を償うとはどういうことでしょうか?一生後悔の念にさいなまれて生きることでしょうか?
彼にも人生があります、別れましたが子どももいます。今回のことで社会からはじかれてしまわないか気がかりです。
TOKIOや芸能界に戻ることはないのかもしれませんが、人として健康で、社会人としてしっかり稼いでしっかり納税!…できるような、そんな一人の人間になることが、最大の社会貢献であり、当事者、関係者にとっても最もベストな道ではないかと思います。
そしていずれは、幸せを求めてもいい、私はそんな風に考えています。

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飯舘村、伊達市界隈の桜

2018年04月19日
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飯舘村から自宅のある中通りへの帰り道。山越えの道にはたくさんの桜がありました。
今年の桜は早いと言っても、飯舘村に山間部は平地よりずっと遅く、今はソメイヨシノ系が盛りでした。(2018年4月14日撮影)

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原発事故による避難指示が大部分で解除された飯舘村で、村に戻ったのは1割くらい(他に福島市などから通って、仕事や農作業などしている方もいて、実質村に関わって生活している人は2〜3割)
人口が減っても、役場や公共施設のある幹線道路では、交通量も多く、車が停まっていてる家も多くあります(車なしでは生活できないので、それが一つの目安)農作業している人もいて、意外なほど活気があります。
荒れた家もあるにはありますが、帰還していなくとも庭や外観をきれいにしている家も多く、村民性とでもいうのでしょうか。

ただ山あいの集落になってくると、ここは誰も住んでいないのだなあと思われる家も多くなってきました。…ただやっぱり庭はきれいに保っている家が多いのです。
今は桜やハナモモなど咲き乱れていて、少し車を停めて、道から花木を眺めたりしていました。

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ここは、そろそろ伊達市に入るかなくらいの場所。古い桜並木がきれいでした。

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福島のこの頃 いいたて村の道の駅 までい館

2018年03月31日
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先日の「オオカミ絵に会いに行く」バスツアーでは、飯舘村の道の駅に寄りました。真新しい広々とした施設です。
入ってすぐ、ホールの天井には、すごい数の大きなハンギングバスケット。
大きな花の玉は豪華で、目が釘付けの私でした。

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いいたて村の道の駅 までい館

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ベゴニア、ペチュニア、フクシア…まだ五分咲き(?)くらいですが見事です。
高い天井のスペース、このような施設だからできることで、個人じゃ無理ですねえ…特殊な方法で追肥や水やりをしているらしい。
飯舘村は花の栽培を基幹産業として力を入れています。道の駅周辺にも大きなビニールハウスがありましたが、花栽培のようです。

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フクシア。繊細な細工のかんざしやおひな様を連想。

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鮮やかな朱色。

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濃い緑と赤は熱帯リゾート地の雰囲気。これからまだまだ咲きそうです。

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みんなもっと上を見ろ〜!と言いたい(笑)
私はバシバシ写真撮ってましたが、ツアーの他の方は買い物の方に夢中。価値観の違いってやつでしょうか?(笑)

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震災から8年目、飯舘村は原発事故による全村避難から一部の地域(長泥地区)を除き避難指示は解除、帰還可能になりました。といっても戻ってきたのはまだ1割くらい、他に福島市などから通って、仕事や農作業などしている方もいて、実質村に関わって生活している人は2〜3割になるそうです。
これを多いと思うか少ないと思うかは、見解が分かれる所でしょうか。
村のあちこちには、除染土のフレコンバッグの山がありますが、原発近くの双葉郡に比べたらまだ少ない方かもなあとも感じます。

飯舘村は、福島市などがある中通り地方と、南相馬・浪江など浜通り地方を結ぶ幹線道路沿いにあり、昔から生活道路としてけっこうな交通量があります。
中通り・浜通りを行き来するには、阿武隈山系の峠を越えなくてはなりませんが、その阿武隈山系の中に飯舘村があります。
不便な地域といえばそうですが、「日本で最も美しい村」(連合)に選ばれたり、Iターンや移住、寒冷地ならではの農業に積極的に取り組んでいました。
山あいや谷間ではなく、標高500mくらいに広がる高原のような場所。広々として空がひろがる気持ちのいい場所です。
バスツアーの日は春にはまだ遠く、花も緑もありませんが、それでも美しい村だなと思います。田舎暮らしなら、こういう村に住んでみたい…そう思わせる魅力があるなと、改めて感じました。

飯舘村ホームページ



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福島のこの頃 震災から7年

2018年03月12日
震災からもう7年、あの年に生まれた子どもは小学生、早いものです。震災の記憶のない子も増えてきたのですね。
7年という時間は長く、被災された方を取り巻く状況もどんどん変わってきたのではと察しています。新しい生活に踏みだした人も、全く踏み出せない人も様々、それこそ人の数だけ状況は違っているように見えます。
「復興」とはなんだろう?お金だろうか、命だろうか。
復興の公平性についても疑問、時間がたってもわからないことばかりです。

震災や原発事故がなくても、子どもは成長し、人は年をとります。たくさんの幸せが訪れる人もいれば、病気をしたり、家族に問題があったり、アクシデントに見舞われたり、景気に右往左往したりもします。原発事故以外にも心配事は山ほどあります。
私の住む地方(福島県中通り地方)では、震災や原発事故もそんな人生のあれこれに少しづつ埋もれていくのかなと感じています。
残念ですが、今の日本の状況では、震災がなくても少子化は進み、被災地の多くで過疎化が進んでいくでしょう。
原発事故は決して許しませんが、原発事故さえなければ幸せいっぱいなんてことはないのです。
震災だけではなく、人生の様々な困難を乗り越える力が備われば…(笑)
愛と勇気で乗り越える!とか、きっぱり言ってみたいですが…そういう言う自信がないのは、大人だからなのか、自分も年をとったからなのか(汗)

報道などでは「あの日をわすれない」そんなフレーズを聞きますが、忘れたい、忘れてもいいんじゃない…私の周りではそんな声も多く聞きます。
過去をなかったことにするわけではないし、考えることを放棄してはいけませんが、そこに囚われすぎると未来に進むこともできなくなりそうで。
山あり谷あり、人生とはややこしい(汗)


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NHKスペシャル
被曝の森2018  見えてきた“汚染循環”
NHK総合 2018年3月7日(水)  午後10時25分~11時15分

東京電力福島第一原子力発電所の事故によって放射性物質で汚染された区域はこの先どうなっていくのか?2016年3月に放送した「被曝の森~原発事故5年目の記録~」では、急速に家々を覆っていく植物や、昼間から住宅地に出現するイノシシなど、無人の町が野生に侵食されつつある衝撃の実態を明らかにした。放射性物質の生物影響に関する様々な研究報告も伝え、低線量被曝の謎に迫った。今回の番組はその続編。
去年の春、被災地は新たな局面を迎えた。国による計画除染が終わり、広い範囲で一斉に避難指示が解除された一方で、山間部を中心に「帰還困難区域」として取り残される地域が生まれたのだ。その面積は340km2(東京23区の約半分)。対象となる住民は2万4千人に及ぶ。そうした「帰還困難区域」で、放射性物質はどのような影響をもたらしているのか?科学者による研究は、より深く、より多角化している。これまで調査されてこなかった高線量の森に踏み込み、生態系の中で放射性物質がどのように移動・残留しているのか、解明が進んでいる。科学者たちの挑戦や住民の思いを追いながら、その実態を記録する。


必要以上に映像を暗くしているように、内容を重くしているような気がしてどうかなあと感じましが…まあそれはおいておいて。
放射性物質の半減期、自然減や除染によって、帰還困難区域でも線量はかなり下がってきました。同時に経年によって放射性物質はどのように変化、移行していくのか、まだわからないことも多いようです。
事故当初、放射性セシウムは土壌を汚染し、時間と共に地下に浸透し地下水を汚染するのでは?また、雨や河川によって流された放射性物質が河口(湾や港)にたまり、数年後に汚染するのでは?という仮説もありました。
7年たってわかったことは、幸いと言っていいのか…日本の粘土質の土壌についたセシウムは、ほぼ表層の土にとどまっている。つまり河川も地下水も汚染しない、しにくいということでした。
帰還困難区域をかかえる浪江町には、サケ漁で有名な請戸川がありますが、数年前から水質に問題ないこと、サケの放射性物質も基準値以下、福島県内ではそんなニュースも流れていました。(だからといって出荷には風評含めまだまだ課題がありますが)
番組では、スズメバチやねずみなど野生動物に蓄積された放射性物質が循環して減らない事例など。ただ、その影響が個体の代がわりでどうなるかはわからない…わからないということは、今のところ影響が見えないってことです。
また林業再開の見こみが厳しい、樹木の汚染などを取り上げていました。
まあだからこそ、帰還困難区域とされているわけです。どこが安全でどこがなにが危険かを把握していれば、だいじょうぶです。
故郷への帰還がむずかしい悲しみは、決して癒えることはないですが、情に訴えるのではなく、データを基に、冷静に受け止める、時間と共にそういう時期なのだと思います。
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菜の花栽培による浜・中通り地区の被災地農業支援プログラム
東日本大震災 福島第1原発事故 菜種で農業再生を 南相馬に搾油施設 市民団体「6次化の成功モデルに」 /福島  毎日新聞2018年2月16日 地方版
福島第1原発事故後の農業再生を目指して南相馬市で菜の花栽培に取り組む市民団体が近く、市内で菜種油の搾油を始める。同市のほか相馬市、浪江町、飯舘村など周辺地域で収穫した種を集め、食用油などの加工食品として販売する。地元での生産体制が整ったことで、「6次化」による風評被害の緩和や農地の利用拡大が期待されている。
協議会代表の杉内清繁さん(67)は震災前、同区の高地区でコメの有機栽培などを手がける農家だった。しかし、原発事故で杉内さんの農地の大半が作付けができなくなった。その時に知人から聞かされたのが、チェルノブイリ原発事故で広範囲に放射能被害を受けたウクライナで行われた菜の花栽培だった。菜種油には放射性物質がほとんど移行しないことを知り、2012年から市内で栽培。菜種を栃木県内の施設に持ち込んで絞った食用油を、「油菜(ゆな)ちゃん」の名で製品化した。名付け親は地元の県立相馬農業高校の女子生徒だ。
 現在、食用油のほかマヨネーズやドレッシングも製品化。16年には、自然素材を使った化粧品などを販売する「ラッシュ」(本社・英国)と提携関係を結び、「油菜ちゃん」を原料にしたせっけんも全国で販売されている。

なたね油 油菜ちゃん | 南相馬農地再生協議会

「菜の花(またはひまわり)で除染」…原発事故直後そんな話が盛り上がりましたね。チェルノブイリとは土壌も違い、除染の劇的な効果は見込めそうにないことがわかるにつれ、すっかり聞かなくなりました。
このプロジェクトも当初の計画は除染目的で、菜種油はディーゼルオイルにするつもりだったと思います。除染や汚染程度も当初考えられていたより低かったのか、菜種油に放射性物質は含まれないことがわかり、食用油として商品開発に舵をきったのかなと思います。
ドレッシングを食べましたが、おいしかったです。ただどこの6次化商品もそうですが…高いんですよね(汗)被災地支援として購入、そんな流れか。現在通販、道の駅などで購入できるようです。

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