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福島のこの頃 ニュースにならない日常、暖冬

2020年02月16日
記録的…と言ってもいい暖冬の福島です。あ、全国的ですね。
生活に支障を来すほどの大雪は困りますが、雪がない景色は殺風景で味気ないです。

暖冬は過ごしやすいですが、これは異常気象、逆に春夏に冷え込んだり、あるいは猛暑になったり、どっかでしっぺ返しがあるのでは?不安だよねえ…そんな話もよく出ています。
私が暮らす地域では、冬、家が飛ばされるのでは…ってくらいの強い西風が吹くのですが、そういえば今年は例年程ではありません。やっぱりおかしな気候です。

こんなことなら冬タイヤ買わなきゃ良かったと、友人がぼやく。
これではスキー場も盛り上がらないし、各地の雪のイベントは中止になったり、規模を縮小したりしています。
私の住む中通り地方もそうですが、会津地方では冬の除雪が大事な収入源という業者も多い、今年は出番がほぼない…売上もない。

ぱっと気がつく影響だけではありません。
料理食材の宅配業の方と世間話をしていて「今年は雪が少なくて配達のスタッフが楽でいいですよね」と言うと、「こんなに天気がいいとね、宅配使わないの。自分で買い物に行くから。いろいろあるんだよ〜」と。
なるほどねえ、訊かなきゃわからないものです。

今年は杉花粉の飛散も早いです。
この調子で行けば、桜や梅の開花も早まりそうですが、暖かければいいというものではなく、冬の低温があってこそ、春の目覚めがあるわけで、これからいろいろなところに影響が出そうです。



映画「Fukushima 50」公式サイト
2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故で、未曾有の事態を防ごうと現場に留まり奮闘し続けた人々の知られざる姿を描いたヒューマンドラマ。2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0、最大震度7という日本の観測史上最大となる地震が起こり、太平洋沿岸に押し寄せた巨大津波に飲み込まれた福島第一原発は全電源を喪失する。このままでは原子炉の冷却装置が動かず、炉心溶融(メルトダウン)によって想像を絶する被害がもたらされることは明らかで、それを防ごうと、伊崎利夫をはじめとする現場作業員や所長の吉田昌郎らは奔走するが……。

震災と原発事故から9年、早いものです。
あれ以降、たくさんのドキュメンタリーや映画などが制作されました。
私はドキュメンタリーはある程度見ますが、ドラマ仕立てであったり、震災がらみの映画は、全てが虚構のように感じてしまい拒否反応があり見ていられません。
「Fukushima 50」は、たまたま予告編を見ました。大物俳優が出演し、これまでの作品に比べると、骨太な作品のように感じられますが、やはり見ないだろうなあと思います。
一番気になるのは、あの時原発に残った作業員には最大限の敬意を払いますが、英雄のように描かれたらいやだなあと。
福島では公開に先立ち、各地で試写会が開催されることになりました。知り合いも行くらしい。その後の評価次第では見にいくかもしれません。

そうこうしているうち、新型コロナウィルスの流行。
恐いですね、なんとか収まってほしいですが、日に日に大変ことになっています。身近で流行も時間の問題のような気がします。
実際のところ、軽く済む人がほとんどらしいですが、わからないことが多いので、不安な気持ちになるのは当然です。
中国のみならず、これから開催される国際的なイベント、東京オリンピックは大丈夫でしょうか?すでに経済的な損失は大きいようです。
事は冷静に、国際協力をしながら、なんとか乗り切ってほしいです。

連日のニュース映像では、防護服に身をつつんだ方たちが対応にあたっています。
防護服を見ると、私は原発事後のあれこれを思い出し、どうにも暗い気持ちになってしまいます。対応に当たっている方には、本当に申し訳ないですが。

ウィルスそのものも恐いですが、特定の地域や人種に対する差別や風評被害も辛いです。
一連の反応は、やはり私にとっては、原発事故後の福島への差別や不評被害と全く同じに見え、人間とは学習しないで繰り返すものだなと思います。

観光を仕事にしている知人が「観光は平和産業だから」と言います。どこに行くのも平和でなければ成り立たない。スポーツやイベントもそうですね。
平和を脅かすのは紛争や自然災害だけではないことを改めて感じます。
月並みですが、平和とは「安全と安心」の上に成り立つものです。安心は「心の平和」のことですよね。
仮に現実的な危機が去っても、心の平和を取り戻せない人がどれだけ多いか、人間はめんどくさいです。

皆様もどうか、心も体も健康でいられますように。

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須賀川松明あかし

2019年11月18日
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10数年ぶりに須賀川市の伝統行事、松明あかしにやってきました。
とにかく迫力のある火祭りで、大興奮なのです。

松明あかし/須賀川市公式ウェブサイト
由来はなど公式サイトに詳しいですが、歴史にうとい私が理解できているかは微妙(汗)


この日は、須賀川市在住の知人が案内他、いろいろ段取りをしてくれました。
先着で小松明をゲットすると、松明の近くまで行ける特典。松明と言っても、危なくないよう竹の先に火の玉を釣る形、布に重油をしみ込ませ、火をつけてもらいます。

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さあ高台の会場まで行進です。意外に火が大きくてビビる友人。

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会場の広場で松明は回収されます。
会場は林立する大松明を囲むように運営の方達がいて、その後ろにわれわれ小松明もってきた観客、そして少し離れた後ろに、一般の観客が囲むようにいます。

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大松明は目の前、すごく近い。待つことしばし、火がつき始めました。
少し離れた場所では、地元須賀川高校の太鼓隊の演奏が続いてて、気持ちも盛り上がります。

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ちょっと聖火っぽくない?

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どんどん火がついて燃えてます。

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大松明にははしごが組まれていて、袴姿の若者が登っていって火をつける…のが基本です。点火する若者は地元の学校などの代表らしい。
隣の大松明は盛大に燃え、バチパチと火の粉が舞う中を登っていくので、どきどきします。
点火と同時に会場からは大きな歓声。

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うは〜、目の前の松明と炎、かっこいい。
今年は11月9日開催。昔は12月の伝統行事だったそうで、雪の中の松明もきれいだったそうです。

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大迫力。松明は竹を使って組んでいて、炎を共にパン、パーン!と竹のはぜる音もすごいです。

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火が松明全体に回ってきました。
火の粉もたくさん飛んで来るので、おしゃれ着で来ない方がいいです。

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人のシルエットは、観光協会の撮影スタッフ。どんどん火の中に入っていくのでちょっと恐い。

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火の粉が盛大に舞うようになると、松明を囲んでいる消化隊が、公園の木や芝生に飛んできた火の粉を消しにかかります。
そういえばこの日は風もなく、松明あかしには最高の天気でした。

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炎もフィナーレ、今度はアラブの油田みたいになってきた。
目の前の炎がすごい、こんな近くで見られるとは、知人に感謝。

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倒れかかった大松明をあとに、そろそろ帰ります。

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松明が燃えている間、ずっと演奏していた太鼓隊、お疲れさまでした!
ライトアップされた紅葉も美しい。

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おまけ、トイレに寄った須賀川市役所前に立つウルトラの父。
福島県須賀川市は、ウルトラマンの産みの親、円谷英二監督の出身地でもあります。町のあちこちにウルトラファミリーがいるのです。

すかがわ市M78光の町

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風に揺れる秋明菊

2019年10月21日


淡路の野島の崎の浜風に妹が結びし紐ひも吹きかへす
柿本人麻呂 万葉集

淡路島の野島の岬で浜風に吹かれていると、妻が結んでくれた衣の紐がひるがえる。
当時「結ぶ」という行為には、魂を現世に結ぶという呪術、おまじないのような意味が込められていたという。今よりずっと危険を伴うであろう当時の旅、無事を願って衣の紐を結んだ妻と、妻への思いがあふれていますね。

日が陰り、風にたわむ秋明菊。
被災地の誰かを気にかけるたくさんの人のように見えました。

台風の被災地にボランティアにと思っていましたが、夏に患った病は完治しないまま、土ぼこりが舞い、感染症のリスクが高い場所へはいけないことに気づいたのでした。
別な手助けができないか考えようと思います。

台風19号に係る福島県災害ボランティアセンター
市町村災害ボランティア情報

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台風と散歩道

2019年10月19日


各地に甚大な被害をもたらした台風19号。
我家的には被害もなく、少し落ちついた10月13日の午後、川沿いのいつもの散歩道を歩いてみることにしました。

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ここは阿武隈川の支流、周りは田畑です。
護岸工事をしていないところでは、大量の水に茂っていた柳などの灌木がなぎ倒されています。

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がっちりした根も土が流され根がむき出しに。こんな頑丈な根をはった木が倒される、水流の凄まじさを感じます。

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灌木やアシでよく見えなかった川は、すっかり流され川面までよく見渡せます。こんなに川幅あったんだなあ。
ここに支流があったことさえ気がつきませんでしたが、今はよく見えます。

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このあたりの稲刈りは半分くらい。あちこちで川があふれた跡があります。刈った稲が流れては戻り、固まったまま刈り取っていない田んぼに入ってしまっています。
稲は倒れたくらいなら大丈夫ですが、この時期に稲穂が水に浸ってしまうとどうか?なんでもないところも多いですが、こういう場所もたくさんあります。

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崩れてしまった土手、こうなるとお米は厳しい。
あまりに災害現場が多すぎて、報道が間に合いません。当然ですが人や人が暮しているところが最優先なので、農業の被害はこれから増えていくと思われます。

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これは国道の法面、小さな災害をあげればキリがない。
我がご近所はまだまだ穏やか、本宮市、郡山市などでは、住宅地が飲み込まれたり、大変な場所もあります。ニュースなどでご覧になった方も多いと思います。そんな場所では写真を撮ることもはばかられます。
復興までには相当時間がかかりそうです。


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あの日のオオイヌノフグリ

2019年03月11日


東日本大震災から8年、もう8年…月並みですが早いものです。
散歩をしていると、あちこちでオオイヌノフグリが咲いています。

2011年3月11日は、仕事中に大地震に見舞われました。夕方から空は真っ暗になり雪が降り出し、3月なのに真冬に戻ったようでした。
翌日は何もかもが大混乱でしたが、前日の雪が嘘のように晴れました。自宅の周辺では、日差しをあびてたくさんのオオイヌノフグリが咲いていて、ぼんやり見ていたことを思い出します。

震災を思う時、オオイヌノフグリも思い出します。
3月11日の底知れない不安を象徴するような暗い空と、翌日の穏やかな陽気、そして気持ち良さそうに咲いていたオオイヌノフグリ。
思えば、この花にずいぶん救われました。

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