福島のこの頃 野の食卓

2017年07月12日
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夏野菜がおいしい季節になりました。
福島県はきゅうりの生産が全国で1番か2番だったような記憶。米どころ、野菜、果物がおいしいのが福島県です。
ちょっと田舎にいけば自家用として野菜を作っているお宅も多いです、うちもですが。
趣味で珍しい野菜を作る方もいて、もらったりあげたり、そんな日常。
先週の日曜日にもらったのは、趣味で作ってみたというコールラビと空芯菜。別のお宅からは食べてみたくて作ってみたというパクチー…作ってみたものの、年配の方のお宅では1回食べて、あまりに刺激的でもう食べたくないとか(笑)
そして私が近所の土手から摘んできた金針菜(ヤブカンゾウやノカンゾウのつぼみ)、えらくマニアックな野菜がラインナップしました(笑)
コールラビは半分をサラダに、半分を浅漬けに。空芯菜は炒め物に。パクチーは肉の薄切りを炒めた上に大量にのせて食べました。金針菜はさっと炒めて魚料理のつけあわせに。
もちろんこの他に、夏の定番、キュウリ、トマト、ナス、インゲンなど。野菜は豊富にあります。

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金針菜(キンシンサイ)は中華食材として、乾燥したもので、または生が五目炒めなどに数本入っていたりします。くせもないので気がつかないで食べてる事も多そうです。
ユリ科キスゲ属のつぼみ…つまりヘメロカリス、ニッコウキスゲなどのこと。我が地方ではそこら辺にたくさん咲くノカンゾウ、ヤブカンゾウがキスゲ属です。春先の新芽は以前から山菜として知られていましたので、金針菜がノカンゾウのつぼみだと知ってからは、何度か摘んできて食べてました。

以前の記事 ヤブカンゾウの土手 2016年07月26日

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震災と原発事故で、福島の食材についてはいろいろなこがありましたが、震災の年の夏でも、福島県中通りのわが地方の、(スーパーで販売されているような)一般的な野菜に放射性物質の心配はありませんでした。我家では、一度野菜や敷地内のぎんなんの放射性物質を計ってみた事がありますが、特に問題もなく、それ以降は普通に食べてます。
震災から6年、普通に販売されている食材に心配はありません。今でも福島県産を避ける人がいることはいますが、ごく少数と言っていいと思います。

山菜や野草は、原発事故があってから、一時はもう食べることはできないのか、そう思いました…それがとても悔しかったことをよく覚えています。幸いなことに影響は少なかった(不幸中の幸いってことでです)。
販売されているものに比べると、厳密に言えばリスクがあるかもしれませんが、これまでの経緯を考えれば問題はないと判断しています。
ところで、我家は里山の幸に恵まれていて、昔から山菜や野草を食べていますが、地面に生える野草なんて怖い!食べない!…って人はけっこういます。今は少数派なのかもしれませんね。でもこれは原発とは関係ない話です。原発事故によってますます敬遠する人は増えたかもしれませんが。
山の幸は環境があってのこと、我家とて市街地の交通量や人通りの多い場所、ペットの散歩コースになるような道の山菜は食べません。

先日は、木いちごと間違えてヒメコウゾの実を食べてしまったワタクシですが(汗)、人によっては、わけのわからない実を口に入れるなんてシンジラレナイ…となるかもしれません。また、食べられるかどうかは経験による判断が重要なので、万人に勧める行為ではありません、念のため。
まあ、昔からそういうライフスタイルだというしかないのです。

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ヒメコウゾの実は木いちごそっくり。

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庭で採れたびわ。売ってるものとは大違いに小さくて形は悪いですが、味は悪くないです。

科学者がいま、福島の若い世代に伝えたいこと 「福島に生まれたことを後悔する必要はどこにもない」
原発事故直後からツイッターでの発信が注目されてきた科学者、早野龍五さんが今年、定年を迎える。いま福島の若い世代に何を伝えたいのか?

食材についての記述もあり。


初版はだいぶ前です。私は学生の頃に読んで、身近で食べた事のない野草をいろいろ試した思い出があります。
野草食べなくても、他においしい野菜がたくさんあるので、野草ばかり食べていたわけではありません、どっちかいうと好奇心ですね(笑)。

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福島のこのごろ 2017年夏、復興

2017年07月03日
2020東京オリンピック、豊洲、森友、加計、暴言…話題のニュースに押しやられ、震災関連のニュースが全国で放送されることも少ない最近ですが、ちょっとおもしろい記事あったのでご紹介します。

DASH村から4キロ、原発被災地の山村で小さな田んぼが始まった【福島県葛尾村】
2017年06月28日 10時51分 ハフポスト日本版

福島県葛尾村。福島第一原子力発電所から約25キロに位置し、原発事故で避難指示が出された12市町村のうち、最も小さな村だ。
原発事故による避難指示が解除されてから、2度目の田植え期を迎えた5月下旬、山間部の広谷地地区の田んぼには、近隣市町村から学生や会社員ら40人近くが田植えイベントに集まっていた。
「ちょっと集まり過ぎかも…」
イベントを企画した、地域づくり団体「葛力創造舎」の代表理事・下枝浩徳さん(32)は、村にとって最適な復興のやり方を探る。下枝さんには苦い経験があった。早急に結果を求め、規模を拡大していく“都会のやり方”をしたことで、震災直後に失敗していたのだ。
(中略)…震災の翌年に葛力創造舎を立ちあげ、被災地ツアーの受け入れを始めた。1回あたり何十人というツアー客を地元に案内。「俺がみんなを引っ張るんだ」と張り切りメンバーの尻を叩いたが、それがメンバーだけでなく、地元住民の負担にもなっていた。
「手間ばかりかかって疲れる。儲かんないし」
イベントの度に、もてなしの手料理づくりなどで駆り出される。そのため、手伝いで土日も休めない状態を引き起こしていた。
東京のように住民が多いわけではないから、交代できる人もいない。ツアー客には楽しいひと時を提供できていたかもしれないが、イベントが増えれば増えるほど、被災地は疲弊した。
「これでは、誰のための復興なのかわからない」
このままのやり方では、長くは続かないのではないかと感じた瞬間だった。


何事かあった時、強いリーダーシップを発揮できる人がいることは、大きな力、財産です。
けれども、復興という長い長い道のりでは、みんながパワフルでいられるわけではありません。普通の人は大変なんですよね(苦笑)

少し話はそれますが、被災地ツアーや被災地を取材が入ると、協力しようという思いからか、被災地ではなぜか「被災地の人」を演じよう…被災地らしくしよう…としてしまう。演じるというのは語弊があるかもしれませんが、報道やボランティアは「困ってる人」「すごくがんばってる人」を捜してしまうので、そこに答えてしまうのかなと思う。
復興とは、ごく普通の日常を取り戻すことだと思いますが、それは派手などんでん返しではありません。
「被災地ツアー」でいろいろ知ってもうことは大事ですが、非日常的な「被災地ツアー」に地元の人が疲れてしまうのはわかるような気がします。

震災から時間がたち、今は地に足の着いた支援が必要なのだと思います。支援が必要なくなったわけではありません。
たとえば、現在福島県で生産され販売されているお米や野菜に、放射性物質の心配はありません。子どもは外で遊んでします。
けれども震災直後の混乱や悲惨なイメージから、記憶が止っている方も多い、となると福島は危険なイメージのままです。
ですから、今の福島を正しく知って頂くことが大事です。
そして普通に福島のものを購入し、被災地としてではなく、おいしいものと美しい自然のある福島に、旅行や観光で訪れて欲しいと思います。

■「なぜ、DASH村がなくなるとあなたは悲しいのか? それは…」
葛尾村の被災前の人口は約1500人。2016年6月の避難指示解除後に村に戻ったのは150人で、将来も約300人までしか増えないという試算もある。
震災前からの過疎地。「人口も少なく、復興効率が悪い…だから存在する価値がないと言われたみたいだった」と、下枝さんは振り返る。
「しかし、それで本当に良いのか?」
下枝さんはDASH村を例にとって説明した。
「DASH村だって、TOKIOが暮らせなくなったから閉鎖するとなったら、『え〜〜〜っ!』って思うかもしれませんよね。それは、小さい時からテレビで見てた村のことを、みんなが覚えているからではないでしょうか。 その思い出は、村の見えない価値だと思うんです。


人口減少や地方の過疎化、それにともうなう様々な問題は、全国的なことです。震災で加速したのが被災地と言われています。
どこかのアホな復興大臣が、震災は東京でなくてよかったみたいな発言をしてましたが、被災地が自分の故郷、思い出の地であったらどう思うでしょうか。人口が少ない場所でよかったと言えるでしょうか?
被災地に限ったことではなく、困っている人を思いやる、出来る範囲で手助けをする。そんなちいさな心がけからでいいと思うのです。

このような落ち着いた報道はうれしいです。
何度でもいいますが、震災はあまりにおおきなできごとで、この記事も震災のごく一面です。復興のあり方に様々な考え方があることも忘れないでください。



東電・勝俣元会長ら3人、無罪を主張「津波、事故の予見は不可能」 福島原発事故で初の刑事裁判
朝日新聞デジタル  2017年06月30日

 東京電力福島第一原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された元会長の勝俣恒久被告(77)ら元同社幹部3人の初公判が30日、東京地裁(永渕健一裁判長)で始まった。3人はいずれも、検察官役の指定弁護士による起訴内容を否認し、無罪を主張した。
起訴状は、3人が原発の敷地の高さである10メートルを超える巨大津波に襲われて建屋が浸水し、原子炉を冷やす電源が失われて爆発事故が起きるのを予見できたのに、適切な津波対策を怠ったと指摘。

強制起訴の東電元会長ら30日に初公判 争点は津波への対策義務
産経ニュース-2017/06/27

 判断を分けるとみられるのが、国の地震調査研究推進本部(推本)が14年に示した地震予測に基づき、東電が20年に「最大15・7メートルの津波が到来し、事故が起きる可能性がある」と試算していたことへの評価。

福島では大きなニュースですが、都議選のどさくさであまり注目されてないのが…。
たぶん、自分はたまたま貧乏くじを引いてしまっただけ…おとなしくしてやりすごそう…そう思っているのでしょう。トップが責任をとらなくていいなら、いったい何のためのトップ、経営者なのかと思います。

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福島のこの頃 福島民友【復興の道標・不条理との闘い】を読んで

2017年03月11日
まもなく震災と原発事故から6年、早いものです。
「復興」と言っても、これだけ大きな災害規模、様々な人生、価値観があり、一口では語ることはどだい無理です(世界を一口で語れないのと同じ)正直、復興に「正解」はないなと感じています。それでも我々は少しでもよりよい方向を探りながら対処していくしかないです。
今は大きなテーマや「思い」で語るより、できるだけ細分化し、一つ一つの問題を一つ一つ解決していくというのが、地味だけけれども着実な復興ではないかと思っています。

民友の連載記事は、そんな地味な部分をクローズアップしていて、福島県民として共感できるものでした。
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福島民友【復興の道標・不条理との闘い】
震災、原発事故から間もなく丸6年。「福島は危険」といった偏見などゆがんだ見方は国内、海外で根強く残る。正しい理解をどう広げるか、必要な取り組みを考える。


自分で見て伝えたい モモ吐かれた経験原点
2017年03月05日

「ご安全に」。大勢の作業員が行き交い、あいさつを交わす。昨年7月、東京電力福島第1原発を初めて訪れた福島大2年の上石(あげいし)美咲(20)は、第1原発に抱いていたイメージとの隔たりに驚いた。
上石が第1原発を視察したいと考えた背景に、県外で経験した忘れられない出来事があった。
 2015(平成27)年夏、ミスピーチキャンペーンクルーの一員として横浜市の百貨店で福島のモモの販売促進イベントに参加。1人で買い物に来ていた女性にモモの試食を勧めた。「おいしいね。どこ産の?」との質問に「福島から参りました」と答えると、女性はモモを吐き出した。
厳しい検査体制が構築された今、国の放射性物質の基準値を上回る農産物が出荷されることはない。
上石がモモを吐かれたことも、県外で相次いで発覚している本県からの避難者に対するいじめも、誤った理解に基づく「福島県へのいじめ」と捉える。


ざっくりですが、一般に流通する福島産の米や野菜に、基準値を超える放射性物質が含まれなくなってから、だいぶたちました。
検査する必要ないのでは?いったいいつまで検査を続けるのか?…そういう意見もありますが、生産者は、無検査では世の中で信用されないと肌で感じています。いったん付いてしまった危険なイメージは簡単には払拭できない、そこが辛い所ですね。
少なくなったとはいえ「福島」というだけで何もかも受け入れられない人がいます。こればかりはどうしようもない、もうあきらめてます。
そんなことより、世の中には危険なものはたくさんあるじゃないか…交通事故や病気、運動不足、肥満とか、仕事や教育問題、妻(夫)の機嫌とか(汗)…などと、ついぼやきたくなります。
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自信持ち語る力を 原発視察、若者の学びに 東京大学教授の早野龍五
2017年03月06日

「若者が将来世界に出て『福島の原発どうなってるの?』と聞かれて『知らない』はまずい。自分の言葉で語れるようになってほしい」。東京大学教授の早野龍五(65)はそんな思いから昨年11月、福島高校の生徒を連れて東京電力福島第1原発を訪れた。
「将来、不幸にして偏見にさらされても、自信を持って『そうではない』と言えるようにした上で、進学や就職で県外に出る福島の若者を送り出したい」。原発視察も、そうした思いが背景にあった。
「生徒たちにとって、一定の覚悟を要する活動だった」と早野は振り返る。偏見に打ち勝とうと、廃炉の実情を知ろうとする若者たちの行為さえも「東電のためにやっているのでは」などとゆがんだ視線にさらされる。
それでも、福島の若者を対象とした視察事業は広がりつつある。福島大は新年度から、第1原発視察を教育に取り入れる。


原発の賛否はともかく、廃炉は廃炉で進めなくてはなりません。そして廃炉や被爆は、科学や技術開発(と費用)、医療の問題です。根拠なく不安をあおったり、過度な感情論を持ち込む必要はないと思っています。
「危険」と「子ども」を持ち出せば正論になってしまう風潮には辟易します。
安全に配慮した上で原発を視察することは問題ないと思う。私も一度見学してみたいと思っているのですが、なんらかの団体などを通してでないと難しい、なかなか機会がありません。

マスコミ関係者で、事故後間もない頃から最近まで、何度か見学した方と話す機会があったのですが、もう以前のようなぴりぴりした雰囲気も、危険なイメージもなくて、それより王手ゼネコンが参入した超巨大プロジェクトという感じですごかった〜…だとか。
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偽ニュース海外拡散 格納容器の高線量...誤解
2017年03月07日

東京電力は同2日、福島第1原発2号機の原子炉格納容器内の画像を解析した結果、線量が推定で最大毎時530シーベルトに上ると発表した。
高線量の数値は、核燃料が溶け落ちた格納容器内の線量だが、あたかも福島県全体の線量が上がったと取れるニュースもあった。実際は格納容器の外は線量に変化がなく、異変は起きていない。この6年、放射性物質の自然減衰などの効果で本県の放射線量は低下し続けている。
事実と異なる情報は、英語圏にとどまらず中国語やフランス語でも広まった。「福島に来れば『フェイクニュース(偽記事)』だとすぐ分かるのに」。福島大助教のマクマイケル・ウィリアム(34)はうんざりした様子で語る。


遠く離れてしまえば、現在の福島のことはあまり報道されません。初期報道の危険なイメージだけが残り、その後も悪いニュースしか全国ニュースにはなりません。
廃炉には問題が山積みであることは事実ですが…今、福島の普段の暮らしに迫る危険はないです。
福島県の約5%くらいの土地が避難区域や帰宅困難区域らしいのですが、それもどんどんに解除されつつあり、今年の春には3%くらいになるらしい。

避難区域の変遷について-解説-福島県HP
【震災6年】「福島県復興」新章へ 避難区域3分の1に 2017年03月04日 福島民友
県内外への避難者はピーク時の約半数の8万人(県内と県外それぞれ4万人)
2011年の福島県の人口は202万人、昨年12月は189万人。震災と原発事故により人口減少は加速しましたが、人口減少は全国的な傾向(特に地方では激しい)です。

日本は都合の悪い報道を隠している、外国の報道は正しい…なぜかそう思い込むネットユーザーが多いのは困りもの。隠してない…とは、そりゃ言い切れないですが(汗)
いったいアンタは福島の何を知っているのじゃ?と言いたい。
報道は良くも悪くも物事の一部分だけ、とにかく冷静に。そして悪いことの方がより話が大きくなり、広まるということを心にとめておいて欲しいです。
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無関心が偏見を生む、現状見ずイメージ固定 福島医大教授で精神科医の前田正治
2017年03月08日

「震災と原発事故後、時間の経過とともに放射線への正しい理解が広まると思っていた。しかし実際は正しい理解が広まる前に、県外の多くの人は放射線への関心をなくしてしまった」
前田は本県の若者などが県外に出たとき、放射線の健康影響に対する誤解に基づく偏見にさらされることを心配する。「偏見は自信喪失や怒りを生む。福島生まれであることを隠すことにつながりかねず、深刻だ」
 昨年から相次いで発覚している本県の避難者に対するいじめの問題も、背景には無関心とイメージ固定化があると考える。
哀れみの目が人を傷つけることもある。ある医学生医学生は数年前の夏、NPOが九州に福島の子どもたちを招いて実施したキャンプに参加した。子どもたちはキャンプを楽しんでいたが、雰囲気を一変させる出来事が起きた。
 地元の男性が子どもたちに飲み物を差し出し、こう言った。「君たち福島から来たんだね。かわいそうに。これを飲めば、放射性物質は全部外に流れていくから」。これを聞いて泣きだす女の子がいた。
県民を苦しめる無関心とイメージの固定化。今の本県の姿をどう認識してもらうかが大きな課題だ。


「かわいそうに」原発事故以降、このような言葉が福島のどれだけの人を傷つけたことか…
県外や遠くになればなるほど、福島のイメージは悪いと言ってもいいのかもしれません(初期報道の危険なイメージしか残っていないので)
また遠くに避難するくらいの方は、福島は危険と考えているわけで、とても言いにくいのですが、福島のネガティブな広報をしてるように感じることもあります。
一方で次々発覚する原発避難者へのいじめには憤りしか感じません。

避難と言っても様々で、大きな危機感からの方もいるし、進学や就職でちょうどいい機会だからとか、特に福島にいる理由も無いからって人もいます。とにかくいろいろなのです。
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福島とはまったく関係ないのですが、最近の乙武洋匡さんの発言には共感するところが多いです。
「障害者」という固定イメージに苦しんだ人生は、被災者、フクシマというイメージに縛られる福島の状況に近いものがあると思う。(一連のスキャンダルで彼を受け入れられなくなった方もいるでしょうが、そこは人間の好みの問題)
乙武洋匡「感動ポルノ」との決別 文藝春秋 2017年3月号
乙武洋匡「自分をようやく理解してもらえた」 東洋経済オンライン
乙武洋匡「私の意見は障害者の総意じゃない」 東洋経済オンライン

だからといって、福祉や災害復興、助けあいがいらないわけではありません。
乙武君には介助してくれる人が必要だし、東日本大震災では国内外、たくさんの支援がなければ乗り越えることができなかったと思います。そのことは深く感謝していますし、日本という国でよかったと思うこともたくさんありました。
いろいろ問題が多い24時間テレビを批判することは簡単ですが、あの企画によって初めて知ることも多かったはず、またボランティアが広まったし、救われた人も多いと思う。
当たり前ですが、誰も一人では生きていけないのです。
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映像で描かれた福島 真摯に向き合う作品も 2017年03月09日
震災後、福島県や原発事故をテーマに多くの映画が作られた。誤解に満ちた表現や、政治色を前面に出した展開など、県民にとって見るに堪えない作品も少なくない。
時間の経過とともに県民と真摯(しんし)に向き合う映像作家も増えた。ドキュメンタリー映画「新地町の漁師たち」(福島市で4月公開予定)もその一本だ。福島市の映画館「フォーラム福島」の支配人・阿部泰宏(53)は「漁師さんたちの痛みやジレンマが、私たち内陸部に住む県民にも伝わってくる」と評価する。
 映画は監督の山田徹(33)が、新地の漁業者を3年半にわたって記録した。汚染水の海洋流出問題を巡る交渉シーンを主軸に据える。漁師たちは漁ができない怒りや悔しさをぶつける一方で、カメラの前で本音をつぶやき、時には屈託のない笑顔も見せる。


私は、震災後に制作された福島や原発事故を想像させる映画(フィクション)の90%くらい(100%でもいいんですが)は、受けいれられませんでした。それは善意や正義を掲げたものであっても、いいようのない屈辱感や哀れみをもって見下されているような感覚…予告を見ただけで気分が悪くなるというか…それは福島県民のかなりの割合でそうだったと思います。
この記事で取り上げているのはドキュメンタリー(ノンフィクション)なのでまた違いますが。
時間をかけ真摯に報道をしてきたTV・新聞などは大丈夫ですが、作家や監督の目が入った途端、「違う!」と感じることが多いんですよね。



マスコミでも広く取り上げられたこの絵本は評価が高く、県外ではけっこう売れたそうですが、県内では全然売れなかったと、作者が「福島をずっと見ているTV」話していました。
ちなみに本屋の友人も全然売れてないと言っていました。
どうしても受け入れられないこの感じ、なかなか上手く言えないです。
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震災から6年、物事は様々に枝分かれし複雑に絡み合っているように感じます。
私が知ることができるのも、一部でしかなく、ナニゴトか大きな事ができるわけでもありません。ただ私が生まれ育った福島と、少しは誠実に向き合いたいものだと思いながら暮らしています。
ちなみに福島県民として、なめられている?…とは時々感じますが、巨大組織に騙されてる?…と思ったことはないです(苦笑)

・被災地や原発(原子力政策)に無関心にならない。
・報道は冷静に受け止める。
・無理のない範囲で(できれば継続的に)被災地を知る、被災地の産品を買う、訪れる。

震災から6年、このブログを読んで頂ける、ごく普通に暮している方にお願いしたいのは、そんなおだやかな行為です。

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ハーバード・グリークラブ郡山公演

2017年01月21日


ハーバード・グリークラブ郡山公演
2017年1月20日(金)郡山市中央公民館
出演
ハーバード大学男声合唱団
パックン
郡山市高等学校合唱連盟加盟校(郡山市内の安積高校、安積黎明高校、郡山高校、郡山東高校、日本大学東北高校、郡山女子大学付属高校の合唱部から100名以上が参加)

ハーバード大生、福島で歌う。ハフィントンポスト 2017年01月18日

ハーバード・グリークラブ4年に一度の海外公演、今回はアジアツアー、各国を周り日本は最後、その最終公演が郡山公演でした。
公演を知ったのはハフィントンポストのTwitterから、公演2日前の夜(汗)…ええ〜そんな告知どこでも見てないしと、検索してみても詳細がわからない、地元メディアにも全く載っておらず、知人に聞いても誰も知らない。会場に問い合わせてみると、当日券のみ2,000円、あとはハコを貸してるだけなんで全然わからないと(汗)
まあでも、こんな機会はそうないと思い行ってみることに。

この記事にあるように、そもそもパックンがグリークラブのOB(しかも部長)だということも知らなかったし、日本に居着くきっかけが24年前のグリークラブ海外公演だったことも知りませんでした。今回のツアーで、パックンは親善大使をつとめています。
福島県での公演はパックンが提案したらしい。マイナスイメージで有名になってしまった福島だけれども、今の福島を見て欲しいと思ったそうです。福島県民としてうるっとしちゃいますね。
福島県は昔から合唱、合唱教育が盛んなところで、全国的に有名なのが郡山市の安積黎明高校(旧安積女子高校)、小中高共…全体的なレベルはわりと高いと思います。ですので、グリークラブとの共演でも、全く恥ずかしくないだろう思っていました。

開催にあたっては、ギリギリの調整だったと思われ、告知はほぼなかったし。公演名も郡山公演、郡山合同コンサート、チャリティとかいろいろ。当日会場に着いてみると、それなりに人はいたのですが、みんなどうやって知ったのかアンケート取りたくなるくらいで(苦笑)
ロビーにはあれこれ采配するパックン(とてもハンサムで…でかい)、今回の尽力ぶりがわかるなあと。

唯一の気がかりは寒波による大雪の天気予報。
終演の夜9時、外はすごい雪でした!車で来ていた友人と、遭難しても二人で助け合おうと決め(大げさ!)何とか帰宅できましたが、いや〜でもハラハラしましたぜ。

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一応プログラム載せておきますが、郡山公演はチャリティ?小さなホールですし、チケットも2000円と手頃。
内容はだいぶ違っていて、順番も全然違います。
始まりからパックンが熱い(笑)彼を深く知りませんでしたが、いいやつだなあ。

グリークラブは大学の合唱団、応援団でもあります。
部員は人種、体型も大小様々…アジア系も何人もいました。
プロの合唱団のような整然とした均一な歌声からすれば、力量に差があり、声にもバラツキもあります。ぶっちゃけテクニック的にハイレベルかというと、そこまでとは思えないのですが、だんだんとそれが…個性を生かした魅力になってくるのが不思議。
自分の大学を愛し、誇りを持つ、そんな気風、文化なのでしょう。一言でいうなら、連帯感の心地よさかな。FootBall Songはそんな大学の応援歌、盛り上がりました。
各国大学のグリークラブとジョイントもツアーの内容らしい。
キャラがいろいろいて楽しい。バラツキが…なんて思っていると、おお〜と思う透明感のあるハーモニーがあったり、スピリチュアルな曲にうっとりしたり。
これはライブでこその楽しさ、本当に楽しい公演でした。

曲目はほとんど知らない曲ばかりでした(汗)
アヴェマリアがあるじゃないかと思ったら、知らないアヴェマリアだった〜(汗)
知った曲は、途中ミュージカルナンバーのアカペラ、最後の「花は咲く」くらい。

2部の後半は、地元高校生との共演、50名の団員に100名以上の高校生でステージはあふれそう。…いうか、客席の観客より多いんじゃね?(汗)
共演は思っていた通り、高校合唱のレベルが高いので、聴きごたえがあります。
アヴェ・マリア、花は咲く…あたりで、涙ぐむパックン、いろいろ大変だったんだろうなあ。
とても貴重な公演でした。来てくれてありがとう、そんな感謝の気持ちでいっぱいです。


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福島のこの頃 DASH村」の再生は可能か?

2017年01月12日
「DASH村」再生!復興の柱に 祈念館や体験農園を構想
2017年01月12日 福島民友

「DASH村」を再生し、帰還困難区域復興の柱の一つに―。高木陽介経済産業副大臣は11日、人気グループ「TOKIO」のメンバーが震災前、テレビ番組の企画で浪江町津島地区の里山を開墾した「DASH村」の復興計画に着手する意向を示した。5年後をめどに、復興祈念館や体験農園のような形での再生を目指す。

日テレ「鉄腕DASH」の人気コーナー「DASH村」は好きでよく見ていました。
残念なことに、DASH村のある福島県浪江町津島は、震災による原発事故で「帰還困難区域」となってしまいました。
放射能汚染は当時の天候により北西方向の山に流れ、原発から比較的距離があったと考えられていた浪江町の山間部(DASH村)を汚染しました。
事故直後はなんとか再生できないものかと、山口君が現地に入ったりしましたが、たとえ住居や畑を除染できても、山や森に囲まれた地域を除染することはとても難しい…広大な山を大規模に除染をしない限り(放射性物質は土にとどまるので)
その後は、ずっと放置されていたと思います。

今回このような構想が出た背景は、県内の避難区域が次々と解除(=戻って生活していい)されつつあることがあります。除染が進んだとも言えますが、経年による放射線量の半減の方が大きいように思います。
原発至近の放射性物質は別にして、県内に広範囲に広がったセシウムは、ぶっちゃけ何もしなくとも下がる(下がった)ってことです。

私は「DASH村」に思い入れがあるので、ここが再生できたら…という夢はあります。
一方で、福島の復興の柱といいつつ、政治的に利用されているようにも感じます。時間も費用も膨大になりそうな「DASH村」の再生、そこに税金をつぎ込むのだろうか?
反原発の方々はきっと「事故を意図的に小さく見せようとしている」とか、そこに人が入れば「殺す気か?」と言うでしょう。

福島県は一部の人が騒ぎ立てるほど、危険ではありませんし、だいたいの人は普通にくらしています。
それをわかって頂けていないことを「風評被害」というのでしょう。
見えるようで見えない「風評被害」にじわじわと苦しめられている人は、今も大勢います。
そのマイナスイメージを払拭することが第一と思いますが、それが「DASH村の再生」なのかどうかは…他にもっとすべきことがありそうにも感じます。
どうなのでしょう?

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