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コズミック フロント☆NEXT「スターゲイザー 星空の冒険者たち」

2020年07月18日
コズミック フロント☆NEXT
「スターゲイザー 星空の冒険者たち」
[NHKBSプレミアム]
2020年07月16日 午後10:0 ~11:00
再放送 2020年07月22日 午後11:45 ~ 午前0:45
星の探究者・スターゲイザー特集!写真家KAGAYAさんの舞台裏に密着。視力抜群のサイエンスライターとは?世界で愛される日本製望遠鏡の秘密。宇宙は誰にでも平等だ!

国内外のスターゲイザーが登場。
空や宇宙への好奇心やあこがれは、研究者でもただ見るだけの人でも変わらないのだなあと思います。
そして世界のスターゲイザーに愛されるTAKAHASHIの天体望遠鏡。
ここまで愛されていると制作者もうれしいだろうなあ。「和風総本家」みたいでした・

Twitterで美しい星空や宇宙をの写真を公開しているKAGAYAさんは、どんな人なのかなと思っていました。
写真家というより映像作家なんですね。天体望遠鏡など、装備はやはりすごいものでした、ですよねえ(汗)
穏やかな中に、宇宙への情熱をずっと持ち続けている方でした。
美しい天体写真は、それが何でどんな意味を持つものかわからなくても、感動をくれます。
番組エンディングの数枚の写真もふるえるほど美しくて必見です。

KAGAYAギャラリー


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コズミック フロント☆NEXT「東京プラネタリウム〜七夕 恋をかなえる星月夜〜」

2020年07月03日
コズミック フロント☆NEXT
「東京プラネタリウム〜七夕 恋をかなえる星月夜〜」
[NHKBSプレミアム] 2020年07月02日
再放送 2020年07月08日 午後11:45 ~ 午前0:45 (60分)
街明かりで星空を失った大都市・東京。しかし、江戸時代の浮世絵の多くに満天の星が描かれている。東京の明かりが消えたら、いったいどんな光景が広がるのか?東京・星物語

7月2日にコズミック フロント☆NEXTは、いつもと違うパターン。
ドラマ仕立てで江戸の星空に思いを巡らす内容でした。
とりとめのない感じもあるけれど、和歌が登場したり、星と和歌を愛する私に、ちょっと疲れてるなあというこの頃、癒される番組でした。
番組に登場した和歌は以下。

君にのみ逢はまく星の夕されば空に満ちぬる我心かな
古今和歌六帖

ただただあなたに逢いたいのです。夕暮れになると空に満ちてくる星のように募るわが思い。

こひこひてあふ夜はこよひ天の川霧立ちわたりあけずもあらなむ
古今和歌集

恋い焦がれて今宵会う。天の川よ、霧を立ちこめて、夜が明けないようにしておくれ。

わが恋は空なる星の数なれや人に知られて年の経ぬれば
古今和歌六帖

空の星がどれほどあるかわからないように、私の恋はあの方には気づいてもらえない。

なにごともかはりはてぬる世の中に契りたがわぬ星合の空
建礼門院右京大夫集

何事も変ってしまう世の中でも、七夕の逢瀬の約束は変わることはないでしょう。

まもなく七夕ですね。
わが地方では梅雨が明けない時期なので、晴れることは少ないけれど。

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100分 de 名著 「ペスト」一挙アンコール放送

2020年04月22日
Eテレの100分 de 名著はおもしろくて時々見ていますが、「ペスト」(2018年6月初回放送)は見ていませんでした。
今回、世界で新型コロナウイルスが猛威をふるう中、一挙再放送されました。
なんとなく気が重くて録画したままでしたが見始めると、今現在の国内外の状況に酷似していて鳥肌が立つようでした。

100分 de 名著 名著77 カミュ「ペスト」
第二次大戦の只中、「異邦人」「シーシュポスの神話」等の作品で「不条理」の哲学を打ち出し戦後の思想界に巨大な影響を与え続けた作家アルベール・カミュ (1913- 1960)。彼が自らのレジスタンス活動で培った思想を通して、戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き合い、どう生きていくべきかを問うた代表作が「ペスト」である。
舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカの港湾都市オラン市。猖獗を極めるペストの蔓延で、次々と罪なき人々が命を失っていく。その一方でオラン市は感染拡大阻止のため外界から完全に遮断。医師リウーは、友人のタルーらとともにこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折しペストの災禍は拡大の一途をたどる。


100分 de 名著
NHK(Eテレ) 毎週月曜日/午後10時25分~10時50分
<再>水曜日/午前5時30分~5時55分、午後0時~0時25分

舞台は商売や金儲けに熱心なアルジェリアの港町オラン。
じわじわ忍び寄るペストの影、市民の半数が死ぬかもしれない疫病に医師リウーは危機感を覚えますが、ペストの流行を認めたくない町の人々はごく普通に経済を謳歌しながら暮らしている。なんとなく自分は感染しないような気がしていく。

このあたり、1〜2月頃の日本の状況とよく似ています。
コロナは恐いけれども、日本は大丈夫なような気がしている、しばらくすれば収まってオリンピックも開催されるはずと思っていた、まだいくらか平和な時期と。

やがてオランはペストの爆発的な流行により封鎖されてしまいます。後手に回る行政、神にすがる人々…物理的にも精神的にも閉じ込められ、登場人物たちは否応なく生き方も問われていく。
猛威をふるうペストに、医師リウーは友人のタルーたちと立ち向かっていく。

ペストを一掃してくれるヒーローはどこにもいません。
医師リウーは「ヒロイズムではない、ペストと戦う唯一の方法は誠実さです。」と語ります。
つまりは自分の職務を果たすこと。自分の仕事に誠実に、やるべきことをやる。リウーにとりそれは最大限の注意を払い医療の現場に立つことでもある。立場が違えば家にいることかもしれないし、政治家として国民を守るために何をすべきかということでもあります。
理念や夢のような理想に殉ずることなく、ささやかでも、自分にできることをコツコツやっていくこと。

恐いのはここからですね。
ペストから4ヶ月、死者は急増し、街では略奪も起きてしまう。
出口の見えない絶望、ところが市民はその絶望にすら慣れていってしまう。まるでないことのように享楽に耽る人々もいる。
リウーは「絶望になれることは、絶望そのものより悪いのだ。記憶もなく、希望もなく、ただ現在の中にはまり込んでいる。絶望から脱しようともしない」

個人では何ともならない、逃れようがない、受け入れざるをえない災いを前に人はどう生きるのでしょうか?
罪のない子どもも亡くなってしまう。そこに神もなにもない。神に仕える者でさえ揺れ動く心。
そしてまた基本に戻るというか、リウーたちにとりそこに立ち向かう希望は、決して大げさなものではなく、ささやかな仕事への愛であったり、仲間との連帯(絆)だったりする。

1年が近くたち、ペストはやっと沈静化していきます。
ところがリウーは、生き方も信条も違うこともこえて結ばれた仲間や家族を失ってしまいます。
死力をつくしペストと向き合ったリウーに訪れる不条理。いったいどうむきあえばいいのか。

それでもリウーは言います。
「ペストと人間の勝負で人間がかち得たものは認識と記憶だった」
人生を受け入れ、どこまでも人間への賞賛と感謝を忘れないリウーでした。

「ペスト」はナチス侵略の比喩としての作品だったそうです。
パンデミックを「戦争」に例える国のトップもいますが、そういうことかなと思います。
私自身は戦争という例えにピンとは来ないのですが…。どちらかいうと、共存していく他ないような気がします。
ペストをコントロールできる日が来たとしても、次の時代には新型コロナウイルスが現れ、あるいは大きな自然災害が起きる。人類の歴史はその繰り返しです。

災害や戦争を1か0か、善か悪かをきっぱり線引きすることは難しい。
「歴史は個人の死を問題にしない」…悲しいですね。どんな形でか幸福かどうかもわからないですが、亡くなる方ひとりひとりに家族や人生があるけれど、戦争やパンデミックになると、死は歴史やデータとなってしまう。
実際、新型コロナウイルスには、データで立ち向かうことが大切なんですが、一人一人の人生を忘れてはいけませんね。

番組で紹介されるのは作品のごく一部に過ぎないのですが…我々はどう生きるのか…ということを突きつけられている気がします。
番組ではMC伊集院さんの鋭い洞察も光っていました。

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コズミック フロント☆NEXT▽プラネット・ハンター 地球外生命探査の最前線

2019年05月21日
コズミック フロント☆NEXT
プラネット・ハンター 地球外生命探査の最前線
BSプレミアム 初回放送 5月16日(木)22:00〜
再放送 5月22日(水)23:45〜
地球外生命が住む惑星を探す科学者たち、それが「プラネットハンター」。新進気鋭の惑星科学者・成田憲保氏は、太陽系外惑星の探査を担うプラネットハンターだ。分かりやすい語り口で一般向けの講演会は女性を中心に満員になるほどの人気。次世代のサイエンスコミュニケーターとしても大きな期待を集めている。成田さんをプレゼンターとして、地球外生命探査の最前線にいざなう!

子どもの頃からSFをたくさん読んできて、宇宙人にはわりとなじみがあるのですが(笑)、では、いざ宇宙人に会えるのかというと、まあそう簡単ではあるまいと(笑)
実際に地球型の惑星がある確率は、天の川銀河だけでも(星の数ほど!あるので)高そうな気もしますが、宇宙はとにかく広い…広すぎて、遠すぎて、人の寿命のスケール、時間ではたどり着けそうにない、光速で移動できる手段でもない限り…そこに生命体がいたとしても、今のところ会えそうにないのが現実です。

そんな夢物語だった宇宙人との遭遇に一歩近づいたかも?しれない、宇宙をめぐる最前線が今回の番組。
プラネットハンターの目的は、太陽系外で地球っぽい惑星を探すこと、できたらそこに生命体かその痕跡をみつけることです。
出かけるのは大変なので(爆)観測でです。
その観測技術がすごいですねえ。ここまで来たのかと感動です。
例えば40光年も離れた位置で水が液体で存在する環境(ハビタブルゾーン)の岩石惑星を観測だけでいくつも発見。恒星の光の増減、惑星の色によって惑星を構成する成分まで推測できるのがすごいです。
ただ、太陽のような重く明るい恒星は少数で、もっと小さい恒星である赤色矮星で地球に近い岩石惑星が見つかっています。温度の低い赤色矮星のハビタブルゾーンは、恒星にとても近いため特殊な環境でもある。それでも生命は存在できるのでは?とういうのが最近の研究です。

生命を育む環境と言っても、ワレワレハ…で始まる異星人ではなく(笑)バクテリアレベルからの話です。
たとえ生命を育む環境があったとして、そこに知的生命体が進化するには何万年もの安定した環境が必要です。太陽系には始終飛んでくる小惑星や隕石を吸収してくれる木星のような巨大惑星がある。また地球には太陽風から守ってくれる磁場があります。
そう考えると、やはり難しいか?
人類が将来住むことができそうな惑星はどれくらいあるでしょうか?地球は稀有な存在、そういう説もあります。
ぶっちゃけ、地球型の惑星にワレワレハ…と言いかねない宇宙人がいたとしても、やっぱり遠すぎてそう簡単には会えそうにないですが。

スターウォーズのような星間戦争や異星人が集う酒場、そんな光景はいったいいつ見られるのか、見られないのか?
道のりはまだまだ遠い…。
そのぶん妄想が膨らむので、それはそれでいいんですが。

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秩父山中 花のあとさき・最終章~ムツばあさんの歳月

2019年05月15日
秩父山中 花のあとさき・最終章~ムツばあさんの歳月~
2019年5月11日(土) 午後6時00分(90分)
秩父の山間にある小さな集落の物語。春、今は誰も住民がいないのに花が咲く。平成13年から取材を続け大きな反響を呼んだシリーズ「秩父山中・花のあとさき」その最終章。
秩父の山間にある楢尾集落では、今は誰も住民がいないのに、春、あちこちに花が咲く。ハナモモ、ツツジ、レンギョウ・・かつてここで暮らしていた小林ムツさんが植えた花々だ。ムツさんは、体の衰えで世話できなくなった斜面の畑に、一万本にも上る花を植えてきた。「畑が荒れ果てていくのは申し訳ない。せめて花を咲かせて、山に還したい」。ムツさんが85歳で亡くなって10年。思い描いていた花の風景が、春の楢尾に広がる。


「秩父山中 花のあとさき」は大好きな番組でした。
ムツさんが亡くなり10年、その後あの集落はどうなっているのかなと思うことがありました。
過疎と高齢化が進み、住む人がいなくなっていく限界集落は日本全国にあります。そうした集落の一つが、ムツさんが暮らしていた集落。
田舎では、訪ねれば誰にでもお茶をふるまい、おしゃべりに花が咲く。どこにでもいそうで、けれどもムツさんは無二の存在なのかもしれません。

高齢になり畑仕事もままならなくなってきたムツさん夫婦は、畑を一つずつ閉じ、花木を植えていました。
「もしいつか、山に人が戻ってきたら、きれいな花が咲いていたらどんなにうれしかろう」
ムツさんが亡くなり、唯一暮らしていた武さん夫妻が、ムツさんの意志を引き継ごうと、花の手入れをしてきましたが、その武さん夫妻も亡くなり、楢尾集落に住む人はいなくなりました。

先代が苦労して切り拓いた土地でも、山間地で農業を営むことは、経済的にも生活するにも難しい。子ども世代はここを離れていく。ごく普通の感覚、一般的な価値観であればそうなると思います。
よほどの志や起業家でもあれば別にしても。
だんだんと人がいなくなってしまうことも、また老いることも受け入れるしかないのです。
このまま集落が荒れ果てていくのもしかたがないのかもしれない。

ところが荒れたところも多いけれど、集落は今も美しい。住む人がいないとは思えません。
花や紅葉の頃はたくさんの人が訪れ、番組をきっかけにボランティアで手入れをする人もいる。
都会に出てしまったけれど、無人の家を折にふれ訪れ、手入れをしている子ども世代もいます…子ども世代と言っても、リタイア世代なんですが。
祭事も復活させようとしています。
朽ちていく家がそのままでも、誰も責めることはないと思うのですが。やっぱりそのままにはしておけないんですよね。この感覚はある程度年を重ねないとわからないかもしれません。

これから集落がどうなっていくのかはわかりません。
番組HPにディレクターのコメントが載っていて、これまでの歳月の重みが感じられます。

楢尾集落を見下ろす場面、対面の山にも集落があります。あの集落は人が暮らしているだろうか?とふと思います。
最近、テレ朝の「ぽつんと一軒家」をよく見ていますが、限界集落がたびたびでてきます。代々の畑を守りながら暮らすことの思いや苦労、守ってほしいと思いつつも、やむを得ない状況も多々ありますね。
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以前の記事(もう10年前!)
秩父山中 花のあとさき~ムツばあさんのいない春~ 2009年07月21日

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