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茂木健一郎 with ダイアログ・イン・ザ・ダーク「まっくらな中での対話」

2011年07月24日
不思議な内容…茂木健一郎か、読みやすそうだしと軽い気持ちで読み始めた「まっくらな中での対話」
ドイツ生まれのまっくらやみのエンターテイメント、ダイアログ・イン・ザ・ダークについては、私は体験していないし知識もありません。
内容については、公式HPで詳しく知ることができますし、私が深く話す事もないのですが、本書の第二部、ダイアログのスタッフ、アテンド(視覚障害者)によるの座談会がとてもおもしろかったの感想を。


まっくらな中での対話 (講談社文庫)まっくらな中での対話 (講談社文庫)
(2011/01/14)
茂木健一郎 with ダイアログ・イン・ザ・ダーク

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視覚障害者と言っても、全盲の場合から、かすかに見える、光は感じられる…いろいろなんですね。
スタッフであるアテンド(視覚障害者)は、ダイアログのなかでは案内役、参加者は彼らを頼りに行動します。
視覚や聴覚が不自由な方には、独特の世界、見えたり聞こえたりしている人にはない世界、感覚の鋭さがあり、私は個人的に興味があるのですが、なかなか知ることがまでいかない思うことがあります。
どうしても視覚や聴覚がないことのマイナスな面から、「かわいそうな」という同情的形容詞がついてまわり、その人の本質、障害のあるなし関わらない個性やおもしろさまでたどり着けないという感じ。
その点ダイアログのスタッフは、これを仕事として自立しているので、ダイレクトに視覚のない世界について聞くことができて、おもしろかった…そう、おもしろいんですよ!

座談会は茂木さん、ダイアログ理事季世恵さん、そして3人のスタッフ。
見えていた頃をかすかに覚えている「隊長」
光は感じられるけれど色や形はわからない「ひやまっち」
弱視から視力がなくなっていった「みきティ」

富士山や月はどんなイメージ?
と聴くと、映像としてイメージできる隊長に対し、形は全て触って覚えてきたひやまっちは、富士山は円錐形で、月は空中に浮かぶ球体かなというひやまっち。

みきてぃは、視力があった頃見る夢は、映像がたしかにあったけれど、目が見えなくなってくると、夢は映像がなくなり、音や匂いになる。
だんだんと目が見えなくなって行ったときの夢が一番怖かった。
「見えていた世界」から「見えない世界」へ移行していく時期で混沌としていたからではと茂木さん。
しかしその代わりに皮膚感覚や聴覚、嗅覚が研ぎ澄まされていく。

隊長はいつも指を鳴らしながら歩く、すると音の反響で大きなものを避けられる。部屋の広さやどれくらい人がいるかもわかるという。音の反響で絨毯が敷いてあるとか、家具がごちゃごちゃ置いてあるかもわかる。
…すごい、これはふくろうかコウモリみたいですね(笑)
いつも一緒の人では、歩き方や呼吸のリズムで体調がわかったり、視線を感じたり。
隊長やひやまっちは電車の路線図が頭の中にあり、道にも迷っていないらしい。

ファッションについて。
ひやまっちは友達と買い物に行き選んでもらう。
…その人がセンス無いとしたら?その人が選んだ服をみんなが褒めてくれたらその人はセンスがいい。ビミョーな反応だったら、センスが悪いのかなと思うとか(笑)。
女性のみきてぃは一人で買い物に行く。
でも店員さんは自分の所の服を悪く言わない。しかし同じ「お似合いですよ」でも、声のトーンで似合っているかどうか察しがつくという(汗)後は自分の好みをわかってくれたりすると、信頼関係もでき判断できる。組み合わせも情報として蓄える。
ヘアメイクも自分でやる、経験をデータとして持っているらしい。
すごいのは、みきてぃが化粧を始めたのは目が完全に見えなくなってから。茂木さんによると、女性は鏡を前に「他人からどう見られているか」を考えながら化粧をするらしいのですが、みきてぃも仮想の鏡を前に化粧をしているらしい。
いやはやすごい、目がみえないって、侮れないないですね(汗)

茂木「皆さんはどうやって人を好きになりますか?」
隊長「まあ、ビジュアルじゃないことはたしかですね」「声、声の出し方、言葉、会話なしに好きにはならない。一目惚れもない」
…あっはは。
ひやまっち「同性、異性、かっこいいと思うのは『足音』」
…足音には性格が出るという。

みきてぃの友人はイケメンは声でわかると言っているらしい。
骨格と声の関連性、経験値として、こういう声の人はイケメンというカテゴリーに属するということが、なんとなくらしい。
3人とも回転寿司に行く。
…手に取ったものを食べる、回転寿司のロシアンルーレット。
3人ともも行動的なのが印象的なのですが、頭の中では論理的にいろいろなことが整理(データ化)されている感じです。

点字は子どもの頃からなら問題ないようですが、大人になってから覚えるのはむずかしいようです。今はパソコンが主流。
IBMフェローの浅川智恵子さんの話が出ていました。
インターネットの音声ガイダンスの研究は、ある意味情報があふれすぎている今、欲しい情報に最短でたどり着く手段でありツール、ユニバーサルアクセスとは、結局目が見える人のためにもなったと。

視覚がない世界で見ることは、触ること。
ダイアログで体験する世界は、そういう異なった文化との出会いであり、どこか懐かしいものであるらしい。

3人ともデジカメを持っている…!
音や声のする方にカメラを向ける。後日人に見せるために。
自分が見えなくても、相手が喜んでくれたらうれしいと。彼らにとっては、「見える文化」を知る機会になる。自分の目で納得したらそれで終わりだけれど、10人に見せたら10通りの印象を知ることができる。それがおもしろいらしい。

ダイアログについて大事なこととして、アテンド(視覚障害者)は案内役であって主役ではない。障害者を理解させるイベントではないと言うことです。
ダイアログのスタッフに共通するのは、「かわいそうな視覚障害者」、「目が見えない=不幸せ」の枠には入りたくないということ。
世界(周囲)の認識方法が違うだけで、普通の人、それ以上でも以下でもないとうことです。
そこを必要以上に遠慮させたり、かわいそうなレッテルを貼るのが大人なのでしょうね。

座談会に登場した3人はやはり、強い特別な人たちなのかもしれないけれど、とても自然でおもしろい人たちでした。
茂木さんは、日本はこういう方たちの才能を生かしていない、損をしていると言います。視覚のある人の脳の領域を他のことに使っているのだから、他の才能が開花する可能性もあると。
道徳的、人道的とか言う前に、科学的に考えろ、ということらしい。

ダイアログは現在、企業や学校のコミュニケーション研修としても利用されているようです。

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