FC2ブログ

生誕110年 小磯良平の世界」展

2013年04月30日
2013utewwq
「斉唱」1941年

生誕110年 小磯良平の世界」展
2013年4月20日(土)~6月16日(日)
郡山市立美術館
小磯良平(1903-1988)は、日本の近代洋画界を代表する画家の一人です。
東京美術学校在学中に、帝展に出品した《T嬢の像》が特選の栄誉に輝いた時から広く注目を集めた小磯良平。優美なコスチュームをまとった室内の女性像をモチーフとした作品は、穏やかで洗練された美しさを追求し続けた「小磯良平の世界」そのものです。小磯は、美術学校を卒業した翌年の1928(昭和3)年から1930(昭和5)年にかけてヨーロッパに遊学し、各地の主要美術館で西洋絵画を実見して多くを学んで帰国、その後およそ60年間の制作活動の中、西洋絵画の伝統を常に意識しながらさまざまな表現の可能性を追及しました。正確なデッサンから生み出された作品は、人物画だけではなく静物画や風景画、挿絵、版画など、多岐にわたる表現においても人々を魅了してきました。


「斉唱」…黒い制服は神戸市内にある女子校の制服で、小磯は同校の学生に絵の指導をしたり、校歌の表紙画を描いたりしました。本作は、イタリア・ルネサンス期の彫刻家、ルカ・デッラ・ロッビアの聖歌壇浮彫から着想が得られたことは知られています。描かれている女性は9人ですが、よく見ると右端の女性以外は全て同じ顔で、モデルは2人だったことがわかります。
戦時色の強い時代背景のなかで、素足の女学生たちが心を一つにして、ひたむきに歌う姿は、数ある小磯作品の中でも最も多くの人々に親しまれている作品です。


神戸出身の画家、小磯良平の作品の多くは関西中心に収蔵されており、東北でこれだけのボリュームの企画展が開催されるのは珍しいらしい。
小磯良平といえば並外れたデッサン力、すごいです。下書きのような粗い線画、スケッチでも簡単な線で立体を表現してしまう。油彩でも丁寧に描き込まれていると同時に、最短のタッチで完成まで持って行ってしまう力量はすごいです。

ポスターになっている代表作「斉唱」は、以前画集で見て、モデルが中学時代の同級生に似ていて(笑)記憶に残っている作品。
戦時中の清く正しい女学生、禁欲的で…こんな女学生が日本には存在していたのか?というくらい、現代とのギャップを感じますね。
少ない人数のモデルをポーズを変えて何枚もデッサンしてから、それらを組み合わせて群像の作品にしたらしい。この作品のモデルはわずか2人…どうりで、友人がたくさんいると思った(笑)
しかし、バラバラのデッサンから組み合わせて作品にするということは、小磯作品では多く用いられる手法ですが、合理的なようでかなりの構成能力が必要だろうと思います。

2012hge59698
《練習場の踊り子達》1938年 油彩・キャンバス

その並外れた描写力はどんな技法もこなしてしまう。
芸大時代は恩師の、ヨーロッパに留学すれば、フェルメール、アングル、マネ、コロー、ローマ時代のレリーフ、キュビズム…いかなる画風もものにしてしまう。
「練習場の踊り子」は、コスチューム、光の入り方共にドガそのもののような。
この作品も別々のデッサンから群像に。コスチュームにも強いこだわりがあり、小磯が用意したという。
豪華なドレスを身につけた女性像も多くありましたが、これらも小磯がこだわって用意したらしい。

2012q4yop
《集い》1977年 油彩・キャンバス

小磯で好きなのは、バイオリンやリュートなど、ニスの光沢が美しい木製の楽器を描いた作品です。見たいと思っていた作品はなかったですが、「集い」などにその雰囲気があります。

ある意味器用すぎる小磯の生涯をたどることができる企画展。
裕福な家に生まれ、若くして才能を認められ、戦前にヨーロッパ留学。穏やかで美しい女性像は、万人に広く受けいられる作風。
戦時中は意に染まない戦争画を描いていたりはするけれど、戦時中に描いた小磯の子どもたちの服装などを見ても、裕福ぶりが、一般的に見ても恵まれた生活だったと思う。

では小磯自身の核はどこにあるのだろう?
とことんうまいと思うけれど、優等生的でもある…強烈な個性という印象はない。
となると最後はやはり、華麗なデッサン力ということになるのか。
おもしろいのは、洋画に心酔し、そのすべてを吸収したいと願い、その能力もあったであろう小磯ですが、これだけ人物画を描いていても、こちらに目線を向ける人物画がほとんどないんですね。こちらを見ている方がずっと自然に思える肖像画であっても。
それは日本人としての慎み深さから来るものだろうか。

関連記事
アート・美術館 | Comments(0) | Trackback(0)
Comment

管理者のみに表示