梨木香歩「冬虫夏草」

2014年11月03日

冬虫夏草冬虫夏草
(2013/10/31)
梨木 香歩

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疏水に近い亡友の生家の守りを託されている、駆け出しもの書きの綿貫征四郎。行方知れずになって半年あまりが経つ愛犬ゴローの目撃情報に加え、イワナの夫婦者が営むという宿屋に泊まってみたい誘惑に勝てず、家も原稿もほっぽり出して分け入った秋色いや増す鈴鹿の山襞深くで、綿貫がしみじみと瞠目させられたもの。それは、自然の猛威に抗いはせぬが心の背筋はすっくと伸ばし、冬なら冬を、夏なら夏を生きぬこうとする真摯な姿だった。人びとも、人間にあらざる者たちも…。『家守綺譚』の主人公にして新米精神労働者たる綿貫征四郎が、鈴鹿山中で繰り広げる心の冒険の旅。

『家守綺譚』の続編が読めることがまずうれしいです。
綿貫は変わらず亡き友の残した家に暮らしている。植物も動物も人も垣根があいまいなこの家は、一見常識人の綿貫に微妙な色合いを加えている。
そしてこの世とあの世も交差するのか、時おり床の間の掛け軸をガタガタさせながら亡き友が訪ねてくる。とらえどころのないような関係に、友情があるようなないような…。

章のタイトルはクスノキ、露草、ヤマユリ、椿、河原撫子…すべて植物の名前。物語の背景にはいつも植物があるところも私の好みです。
人や動物は、感情移入するには微妙な距離感があります。…たとえば絵巻物を見ているようでもあり、異世界のようでもあり。
ところが、植物や四季折々の自然描写は写実そのもので、湿潤な緑やふき寄せる風までが感じられる程です。梨木さんらしいところですね。

そんな家を中心とした不思議な世界にずっと浸っていてもいいのですが、今回は姿を見せなくなった愛犬ゴローを探す旅へ…何事も受け入れる他ないという風だった綿貫が、ゴローのことになったとたん行動的になる…ちょっと意外な展開です。
このゴローは、愛犬というには失礼なくらいで、世話好きでもめ事の仲介にはいったり、立派な犬(笑)綿貫は行く先々でゴローの評判を聞くことになります。
ゴローを探す道中は、不思議なキャラクターとの出会い、そして不思議な世界が展開します。河童の少年との出会い悩みを聞いてあげたり、何かとワケありのイワナの夫婦が営む宿屋も楽しい。

これは心の旅でもあり、綿貫の旅にそって小説は進み、完結します。
ラスト、ふっと視界が開け、体が軽くなるような幕切れに、笑みが止まりませんでした。
綿貫が旅する世界が濃密で、本筋と関係なくあちこち見て歩きたくなります。イワナの宿にあと2、3日泊まっていこうか。あの尾根をもう少し歩いてみようか、そんな気持ちにさせられました。


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