臨死体験 立花隆 思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか

2014年09月16日
NHKスペシャル
臨死体験
立花隆 思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか

2014年9月14日(日) 午後9時00分~10時13分
『私』という存在は死んだらどうなるのか、死ぬとき『私』は何を見るのだろうか――。 20年余り前、臨死体験について徹底的に取材し考察を深めてきたジャーナリスト/評論家立花隆さん。74歳を迎え、がんや心臓の病を抱えて死を間近に感じる今、再び臨死体験の最新研究の現場を見つめ、“死”について思索しようとしている。死の間際に一定の人が見る臨死体験。臨死体験が世界で注目され始めた1980年代以来、その解釈としては、脳内現象として科学で説明できるとする「脳内現象説」と、肉体が死んでも“魂(もしくは自我を感じる「意識」)”が存在し続けるという「魂存在説」―――これら二つの説が互いに相容れない、激しい議論が続いてきた。そうした中、立花さんは新たな臨死体験の掘り起こしをすると同時に、そもそも「意識(魂)」と呼ばれているものの正体とは何なのか、最新の脳科学・心理学・哲学にいたるまで、徹底した取材に基づいて正面から挑もうとしている。科学的に見て、死後の世界があると言える余地はどれくらいあるのか。死後の世界がないとしたら、『私(自分)』という意識(魂)はどう生まれどう消えていくのか。私たちが当たり前と思っている『私』という存在はいったい何なのか。有史以来、人類が答えを追い求め続けてきた生と死にまつわる壮大な謎―――その謎に挑む立花さんの思索の旅を通じて、大震災や紛争などで多くの命が失われる今、命や『私』の存在する意味を考える。

もう20年も前になるんですね…立花さんの臨死体験の著書と臨死体験のドキュメンタリーはおもしろかった。
あの時「死ぬのが怖くなくなった」と言っていたことを覚えています。
数年前70才を過ぎて自身がガンになり、死を意識しながら、ガン治療最前線を取材した番組もよく覚えています。死の恐怖より、これからどうなって行くのか自分への興味がすごくて(汗)
このテーマならやはり立花さんだろうと思います。

医療の進歩によってかでしょうか、心停止から生き返る人の5人に1人が臨死体験をしている…増えているらしい。体外離脱、トンネル、光、幸福な気持ち…臨死体験が注目されたころから、内容はほとんど変わりません。
また、最先端の医療に携わる脳神経外科医=死後の世界を信じなかった科学的な人が、臨死体験によって死後の世界や神の存在を信じるようになる事例も、今も昔も変わらない。
文化的な慣習や宗教(お釈迦様とか神様)の背景が、そういう体験させる説もある一方、まっさらの赤ちゃんでも臨死体験の記憶があるらしい。

脳科学では、心停止後、脳のある部位が活性化することから、脳の錯覚がおきる。体外離脱など、臨死体験のパーツパーツはかなりの部分解明できているらしい。
番組の前半は、事例も実験も目新しい内容ではないなと思いましたが、中盤以降の最先端の研究からが見どころですね。
利根川進博士が登場(まだ現役!)、脳には偽の記憶を植え付けること(フォールスメモリー)さえできるらしい。
実験の様子がほとんど自白強要みたいですが(汗)それってトータルリコールとか攻殻機動隊の世界ですよね(汗)
想像力のある人間だからこその臨死体験をする、それは人間の本性だと言う。

死ぬと心はどうなるのか?そもそも心の一部と考えられる意識、自我とは何か?
科学的な議論が始っている…らしい。
今最も注目されているのはトノーニ教授、睡眠の研究から意識は数学で説明できる。神経の蜘蛛の巣のようなつながり、それが意識だという。
神経細胞の数・つながりの複雑さ=意識の量
科学的に説明できるときっぱり。死によってつながりがなくなり、意識は消える。この理論でいけば、脳神経を持つ全ての動物、機械にも心が生まれることになる。

臨死体験は脳の古い部分、辺縁系の現象で、夢を見やすい人に多いらしい。
臨死体験は脳の現象として、科学的に説明できてきた印象で、20年前からの進歩を感じます。
しかし謎は、そもそも人間はなぜ「神秘」を感じるのか?
…そうなんですよね。神の存在を現実と確信し、人生観を変えるほどの体験が(脳で)起きているのは間違いないけれど、人生の早い時期ならともかく、なぜここで?死に際でおきるのか?
…わからない。

生涯信仰深い人もいれば、死後の世界を信じていなかった人が信じるようになることもある。
神秘体験をどう受け止めるかはその人次第。
死の間際、人は奇跡のような夢を見る…らしい。それは脳の仕組みとして説明もできる。
しかし、なぜ起きるかは…よくわからない。

番組は興味深くておもしろかったのですが、デカルトの引用や「人生の目的は心の平安」という言葉でしか結論付られないところが、謎は謎のままだなあと感じました。
それだけ人間は奥が深いのかもしれません。

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