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福島のこのごろ 放射線と健康リスク

2014年09月22日
放射線と健康リスクを超えて~復興とレジリエンスに向けて~ 
第3回福島国際専門家会議参加報告記

堀有伸 /精神科医(精神病理学)、NPO法人みんなのとなり組代表理事、雲雀ヶ丘病院(福島県南相馬市)副院長
投稿日: 2014年09月16日 13時59分 ハフィントンポスト
2014年9月8-9日、福島市において日本財団が主催、笹川記念協力財団と福島県立医科大学が共催、長崎大学が協力して「放射線と健康リスクを超えて~復興とレジリエンスに向けて~」というテーマを掲げた「第3回福島国際専門家会議」が開催された。
9月8日の午前中には2011年に起きた原子力発電所事故の影響について、福島県立医科大学が主になって行われている県民健康調査の結果や他の国内の研究者からの報告が行われ、午後にはWHOや国連科学委員会、ICRPなどの国際的な機関からの報告が行われた。
この会議で討論された内容を踏まえて作成された提言書Recommendationsの冒頭には、「福島県立医科大学および他の日本人専門家、世界保健機関(WHO)、原子力放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告はすべて、原発事故による被ばくレベルは放射線による影響が見られない程に低く、また将来的にもその可能性は低いだろうということをデータが示しているという点で一致した」とまとめられている。しかしこれで安心できる状況が確定した訳ではなく、今後も計測と評価を継続していく必要性があることも確認された。


福島で暮らす者として、言いたいことを言ってくれている、そうそうそうだよと納得できる記事でした。福島にいる人でないと言えないことだなと思います。
震災と原発事故で、福島は課題山積みですが、状況は刻々と変わってきています。ここで暮らす人と、外から見ている人との間には当初からギャップがありましたが、ここにきても認識のギャップは大きいと感じています。
そういうズレを少しでもなくすことができたら、福島の人は何を望んでいるのか?わかって頂けたら…それが福島の復興なのだと思っています。
長い記事なので、中途半端に引用をすると誤解を招くかもしれないので、私の記事は私なりのポイントで。
原文はリンクでお読み下さい。

●原発事故による被ばくレベルは放射線による影響が見られない程に低く、また将来的にもその可能性は低いだろう
原発事故直後は、被ばくの不安ばかりでしたが、福島には事故直後から多数の研究者などが、別々に入り(なかば勝手に)調査をしてきました。調査が国一本であるなら改ざんも疑いますが、多方面からのデータを持ち寄った結果です。それぞれはやや違うものの、放射線による影響は少ないというのが大筋です。

●「放射線の低線量被ばくによる直接的な健康被害の可能性は低い」という発言が、「原子力発電所を容認すること。とにかく地域に帰還すること」という政治的な目的のために行われていると理解されやすく、科学的なメッセージと受け止められにくくなる
ここは大事なポイントです。事故直後は被災者を壇上にまつり上げ、涙と残酷さに訴え、原発反対を訴える抗議活動が多く、私は気分が悪くなりました(汗)
被害の大小が原発の是非を問うものであってはなりません。
一番の問題は国の原子力政策だと私は思います。

●廃炉に向けて…「厳しい労働環境にある原発作業員の、質・量をどのように長期にわたって確保するのか」
ニュースで時々取り上げられていますが、作業員は一定以上の被ばくをすると働くことができません。つまり経験ある作業員がいなくなってしまうということです。また派遣会社丸投げの現在、現場で働く作業員の報酬はそれほど良くないらしいのです。

●事故による賠償金の運用の不適切さ…地域の分断と不和をもたらし、それぞれの住民が抱く孤立感(「本音を言えなくなった」)を高めている
まるでくじ運のように(汗)、個々の条件によって賠償が違んですよね(汗)。その結果、個人や隣近所との関係だけでなく、地方ならではの結束力も失われているということ。

●放射線の影響について、家族の中や地域の中で意見が分かれ、それによって分断がもたらされたこと
さまざまな意見があって当然なのですが、修復できないまでいってしまった家族も結構います。
ただ、今回のことだけで家族やコミュニティはどうにかなったというより、それなりのマイナス要因もあり、納得できるまでの話し合いもできないまま最後の一押しになったような、そういうケースも多いと思うので…まあ、震災に限らず人間関係の難しさですかね。

●外部の放射線の影響について敏感な立場の人々からの、地元で生活している人々の感情や活動の意義を激しく貶めるような言動がなされることへの不満。
一番大変な思いをしているのは、福島で子育てをしている方でしょうか。大丈夫と判断し暮らしていても、「子どもを守るのは当然」という反論できない正義の前に、福島にいることへの罪悪感を感じさせた。

●農業や漁業などの産業が壊滅的な影響を受け、自らの生産手段が失われたことによる自信や誇りの傷つきは極めて大きい。
生産者が努力を重ね、検査が十分された産品でも、問答無用に拒否する。そこになにかしら根拠あればまだいいですが、たいていは思い込みのように感じます。ここでもまた「少しでも不安があれば買わないのは当然でしょう」という反論できない正義が出てきます。
「作ったら買い上げてやる」ということでは心は救えません。

●(地域で積極的に行っている研究者を)地域の人々がどれほど厳しく試すのかということについて
たくさんの研究者、学者が福島にやってきました。誰の話を聞くか信用するか、震災1年ぐらいはかなりもめていたように思います。
事故直後に福島県から鳴り物入りでよばれたN大の放射線科の教授は、早くから県民を安心させるための発言を(自信満々で)していましたが、事故の深刻さが明らかになるにつれ、パニックになる人も多数。嘘つき、信用できない御用学者というレッテルを貼られてしまいました。
私は、教授は自身の経験と勘から本心で話していたと思っているのですが、一部の人の教授への攻撃はすごかった。今思うと事故の詳細がよくわからないのに「安全宣言」をするのが早すぎたとしか…
偉い人を連れてくれば県民は安心するに違いないという、嫌な上から目線も感じ悪かったですが(汗)
結局は、人対人ということになります。

●放射線防護基準は、地域の状況や個人・コミュニティのあらゆる生活局面に応じて柔軟に設定されなければならない。
今福島県で普通に暮らしている人で、年間1ミリシーベルトを超える人はほとんどいないはず。まれにいるとしたら、地域の線量ではなく、個人線量。どんな仕事、生活環境かで線量も変わってきます。

●地域の様々なレベルで、復興、再活性化に関わる成功事例や活動事例の奨励、認定、支援、公表、共有、実施を進めるべきである。
ある意味ここが一番難しい。マスコミに取り上げられ、一時的にはすばらしい結果を得ても継続となると…
というか、これはどこの地方経済もかかえる問題で、福島に限ったことではないのですが。

●二つの極端な立場が存在する。一つは、「放射線はとにかく危険」「政府や科学者などの権威は私たちをだまそうとしている」というもの。その反対が「放射線は全く安全」「政府や科学者などの権威のある偉い人のいうことは全て正しい」というものである。
どっちもどっち、極論を言う方にはついて行けなないなと思う。間をとったら正解というわけでもないないけれど、もっと冷静になってほしいんですが。

放射線が無くなれば100%安全なのか?原発事故前、福島県民はみんな幸せいっぱいだったのか?
原発のリスクなど背負う必要は全くないはずですが、どこに行っても、どんな時もリスクはあると思うんですよね。それが世の中、100%の安全、1か0の答えを求めるのは難しいと思うのですが…。

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産経ニュース
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