舟越保武彫刻展-まなざしの向こうに-

2015年03月18日
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舟越保武彫刻展
2015年1月24日(土曜日)~3月22日(日曜日)
郡山市立美術館
舟越保武は1912(大正元)年に岩手県に生まれ、盛岡中学時代にロダンに憧れて彫刻家を志しました。舟越は大理石や砂岩などの石による清楚な女性像で知られていますが、1950(昭和25)年以降は自らのカトリック信仰に裏付けられた宗教的主題の作品で独自のスタイルを確立しました。それらは崇高な美しさをたたえており、他の具象彫刻作品とは一線を画するものです。とりわけ、長崎市に設置された《長崎26殉教者記念像》や《原の城》、《ダミアン神父》は、彼の代表作というだけでなく、戦後日本の彫刻を代表する重要な作品の一つといえるでしょう。
1987(昭和62)年に病気のために右半身不随となりましたが、その後10余年にわたり左手で制作を続け、それまでとは異なる迫力を持つ作品を生み出しました。


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聖セシリア(ブロンズ)

会場の入口に立つ聖セシリア、190cmの大きな作品。
舟越がどのような彫刻家か詳しく知らなかったのですが、思えばこれが舟越、信仰に彩られた創作を象徴するものでした。

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萩原朔太郎(ブロンズ)

初期の作品はいかにもロダン風、萩原朔太郎が目鼻立ちのはっきりした顔立ちということもありますが、舟越作品のモデルは、欧米風の彫りの深い美形ばかり。好みなのだろうな(笑)

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隕石(大理石/紅霰)

ノミを持って大理石の前にたった時、初めて自分が彫刻家になったような気がした

芸術家は、生涯を通じて取り組む画材や技法に、運命のように出会う…ような気がする。
彫刻ならばブロンズからが一般的で、舟越もそうですが、ある時ほのかな赤みのある大理石と出会い、これだと感じた。それが紅霰という大理石。
しかし石の彫刻はやったことがなく、石屋に頼み込んでノミの使い方を教えてもらったという。
石というのは彫ってしまうと付け足すことができないやっかいな素材、いかにも難しく、根気が必要な肉体労働であると思う。そこに飛び込むのは、やはり運命ですね。
紅霰は、写真だとわかりにくいのですが、粗いタッチで仕上げているせいか、結晶がきらきらとして、あたたかみのある石。一般的な大理石とは雰囲気が違います。

若い女の胸像
若い女の胸像(大理石)

これぞ大理石という真っ白な作品多数、そのほとんどが聖女(美人!)と若い女性(美人!)。
真っ白な大理石の女性像は「売れるから」ということもあったらしい。
きめこまかな質感と大理石の純白は生々しさがなく、いかにも聖女や処女性を題材とするにふさわしい。
ただ聖女像は清らかで、あまりに気高く美しすぎて…近寄りがたい、どうしていいかわからない…世俗にまみれた自分(汗)。

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ダミアン神父
ベルギー人のダミアン神父(1840-1889)は志願してハンセン病患者が収容されるハワイのモロカイ島に宣教師として赴く。この病を治療する薬のない当時、ここに来ることは死を意味していた。神父がどれだけ患者達にいたわりと同情の言葉をかけ熱心に布教活動をしても、この病に罹った者達にとり神父の説教など空々しい。同情と哀れみにより彼らと共に涙を流したとしても、患者でない神父とは限りない隔たりがある。これに悩んでいた神父も1885年に同じ病者となり、改めて患者に神の言葉を伝えたという。数年後、神父はこの島で死んだ。
これも等身大以上の大きな作品。
熱心なカトリック信者の家に生まれた舟越は、戦後(改めて?)カトリックに入信、信仰をテーマとした作品が多くなっていきました。
信仰や宗教に生きる芸術家は、仏教に生きた円空もそうですが、宗教の理想を実現することが最大の目的、創作はそのためのツール(手段)なんですよね。技術や感性は全て信仰に捧げられ、そこに「個」はだんだんと感じられなくなっていく。
自己表現ではなくなっていく。
宗教とはほど遠いところで作品を見ている私にとっては、少し物足りなさも感じます。

彫刻の技術を磨く一介の職人、私は芸術家ではない。
私は古くさい古代の職工のように生きたい。


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聖セシリア(砂岩)

舟越はある時期から、諌早(いさはや)石という砂岩を多く使うようになります。
大理石のクールビューティーよりあたたかみが感じられ、私は好きです。日本という空気感にもなじむような気がします。

聖ベロニカ
聖ベロニカ

人間ぽい親しみやすさが感じられますね。

ウィキペティア
日本二十六聖人記念碑(日本二十六聖人記念館)

記念館は1962年、日本二十六聖人の列聖100周年を記念して設立。レリーフを舟越が手がけました。宗教活動の集大成でしょう。
企画展ではデッサン、習作、レプリカだろうか、原寸の殉教者像がいくつか。

舟越は1987年脳梗塞で倒れ、右半身が不自由なりますが、左手で創作活動を続けます。
石は扱えないのでブロンズ、創作初期のロダン風にもどったような感じです。小品がほとんどですが、左手だけとは思えない力強さ、創作へのエネルギーはすごいです。

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