富岡、南相馬、相馬を訪ねて…2015年春

2015年04月08日
原発事故で避難区域に指定されている富岡町から、相馬までを車で走ってみました(ディープな話はありません、念のため・笑)
きっかけは先月、富岡町の方と話す機会があったことでした。
私は震災前に「夜ノ森の桜」を見に行ったことがあり、避難区域となった今、どんな感じなのか、機会があったら行ってみたいとずっと思っていました。
規制はあるものの、桜の咲く頃は一部を公開していると聞いており、富岡の方に聞くと、大丈夫、車で普通に入れるから、ただし9時から3時までと言われました。
4月4日の地元紙にも一部公開という記事があり、では行ってみようと、翌日の4月5日に向かいました。

私が暮らす福島県中通りから、浜の方に向かうにはいくつかの幹線道路がありますが、どれも山地越え…震災前から人がほとんど住んでいない。
今回は郡山市から三春、同じく避難区域となって大熊町を経由するR288で向かいました。
原発周辺の道路はあちこち封鎖されていますが、幹線道路は廃炉処理や作業員の通勤で、平日はそれなりの交通量だときいています。
避難区域に入ると「スクリーニング」ポイントが関所のようあちこちにあり、白い防護服の方がいて…一瞬ドキッとしますが、停められるようなことはありません。
この日は日曜日、車は5分に1台くらいしか見まないので、少し不安。念のため「夜ノ森」までこの道で行けますよね?ときくと、このまま行けますと笑顔で答えてくれました。

まず大熊町に入ると、道路沿いに住宅や道路の除染ででたゴミの仮置き場が見えます。私の地方でもシートに覆われた仮置き場はあるのですが、大熊ではその規模や量が半端なく、とにかく膨大です。これは来てみないとわからなかったことです。
道路沿いの山林も、実験的なのか除染が行われた跡がありました。基本的にここは人口が少なく、山に囲まれた地域なんですよね。
技術的、理論的に山林の除染は可能らしいのですが、効果があるまでやるとしたら、その費用や時間が膨大すぎて把握できません(汗)
そして広大な仮置き場を見て、つまりはここに帰る気満々なんだなと思いました。そのための除染ですから。いろいろな考え方がありますが、ちょっと複雑です。
大熊町復興サイト
2015040529.jpg
R288から夜ノ森の桜の方にむかうと、脇道は全て封鎖されています。久しぶりだし、道に詳しくないので、通り過ぎたかな…道がわからない。そこで近くで警備をしていた県警と思われる方に、桜までの道を尋ねました。
すると「現在、線量が高いので入れません」と言うではないですか(汗)
え~…「一部だけれども公開していると聞きました」と言うと…
「先ほども同じ目的の方が来て、本部(警備の現地本部かな?)から、入れませんと指示されてます」
そんな、ここまで来たのにそりゃないぜ(汗)
しばらく考えたのですが、お上が言うことに逆らえない…あいにく雨模様、ひとけも少ない。ここでうろうろして事故でも起こしたら、JAFは来てくれそうもないですし、マジで(汗)
あきらめるか…
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ところが3日後の4月8日付の地元紙にはこんな記事が…

“花盛り”バリケードの先 全域が避難区域の富岡・夜の森(2015年4月8日 福島民友ニュース)
 東京電力福島第1原発事故の影響で全域が避難区域となっている富岡町の桜の名所、夜の森地区の桜並木が7日、見ごろを迎え、薄紅色に染まった桜のトンネルが辺りを美しく彩っている。
 約2.2キロある桜並木の大部分が立ち入り制限の帰還困難区域に指定されており、町は日中の出入りが可能な居住制限区域に限って今年も桜並木を公開している。

(写真は4月8日付福島民友記事より)
150408sakura1.jpg

私が尋ねたおまわりさんとは、何か行き違いがあったとしか思えません。(ちなみに私が行った日に、急に線量が高くなるとか、そういうのはありえませんから)

(4/9追記)
やはり夜ノ森の桜は記事の通り公開されていた模様。私が尋ねた警官は、他県からの応援部隊(通称ウルトラ警察隊)で、事情を知らなかったのでは?と推測。
今日の福島民報には、フリーダイヤルとアクセス地図まで掲載していました。
夜の森地区の桜並木(富岡町)2015/04/09
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まあ、そんなこんなで、この日、夜ノ森の桜を断念した私ですが、せっかくここまで来たので、足をのばし相馬まで行ってみることに。
常磐道が3月に開通していますが、下道のR6も通行できると知り、R6で北に向かいました。
参考に乗せた地図は、昨年のものですが、避難区域と道路はこの通り。
20140402_4map.jpeg
(2014年4月2日福島民報、現在は常磐道、R6共に開通)
5年以上戻れない帰還困難区域(年間放射線量50ミリシーベルト超)
数年での帰還をめざす居住制限区域(同20ミリ超~50ミリ以下)
早期の帰還をめざす避難指示解除準備区域(同20ミリ以下)


いずれも自治体も、線量によって区域が混在しています。
帰還困難区域については、将来的にも帰還はあきらめる方がほとんど…という風に私は解釈しています。
原発に近い赤の帰還困難区域は、車のみ通行可、2輪や徒歩は不可。つまり車で通るだけならいいよってことです。

国道6号線の黄色い部分が最近開通した部分で、今回私が通った道路、原発はとても近いです。国道沿いにはバリケードで封鎖された住宅が続きます。
車は少ないですが普通に通れますし、たとえば瓦礫が散乱しているというようなこともなく、想像していたよりずっときれいです。ただ、ひとけがなくバリケードが続く風景には、胸がつまりました。
いろいろ考えることはありますが、実際来てみると、淡々と明るい。暗いとか悲惨、あるいは物々しいとか、そんな印象は受けません。

大熊町、双葉町、浪江町、避難区域をすぎると南相馬市小高地区です。
人の気配が見えてほっとしますが、ここは境界線の町、さびれた感じは否めないです。スーパーやコンビニも閉店したままです。旅館や集合住宅があり、原発作業員の仮宿舎になっているのかな?
2015040528.jpg
今回、このような看板を多く目にしました。獣とは主に増えすぎたイノシシらしい(汗)。人がいないですからねえ。

さらに北上していくとに暮らしが見えてきます。帰還困難区域では国道以外封鎖されていましたが、もうそんなことはありません。
途中「奇跡の一本松」という案内標識が…三陸の「奇跡の一本松」のパクリでは?…行ってみよう!(笑)
写真が暗いのは雨模様だから、ご勘弁。
この松も、津波から奇跡的に生き残った松として、守る会が結成されたらしい。ただ見たところ枯れているようにも…海水にあってしまうと難しいですね。
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南相馬市「奇跡の一本松」

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足下をみるとハマエンドウだろうか?
周辺は海岸線の工事中でした。

海の方へ少し歩くと、釣り人発見。こんな荒れた海で何か釣れるのかな?もっとも食べる目的かどうかは不明。

2015040521.jpg
昼食は相馬市の松川浦で、名物のほっき飯。おいしかった!
ほっきは地元産でしたが、震災後は他の地域からと聞いています。ご飯はもちろん福島米です。

相馬まで来てから、もう少し北の新地町の産直でしか売っていない「いちじくアイス」のことを思い出し、教えてくれた友人に自慢しようとさらに北上。
見つけました。おいしかったです。たっぷり入って270円、この手のアイスとしてはかなり良心的です。ここはいちごの産地でもあるので、いちごのアイスも売ってます。
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「いちじく愛す」地場産市場あぐりや
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あぐりやは小さな産直ですが、珍しい野菜も売っていて、新鮮な「アイスプラント」が一袋100円、迷わず購入。
サラダで食べました、ぷちぷちした食感が海ぶどうみたいでおいしい。

帰りは相馬からR115で福島市内を経由して帰りました。
中通りから浜の方に向かうには、いずれもうねうねした道路で山越え(あぶくま山地)、新緑や紅葉のころは美しいですが、近いとは言えないですね。
道路はきちんと整備されているので問題はなかったです。

富岡で、もう少し写真撮ればよかったなと後悔しましたが、私が運転だったので余裕がない(汗)雨だったこともありますし、防護服を着て警備にあたっている人にカメラを向ける気にはなりませんでした。
先にも書いた通り、普通に通行できますし、物々しい雰囲気だったわけではありません。私がなにか大きな決断をして向かったわけでもないです。
桜は残念でしたが、行ってみて感じるところもあります。機会があればまた行くかもしれません。
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