椎名 誠「ぼくがいま、死について思うこと」

2017年06月23日


「自分の死について、真剣に考えたことがないでしょう」67歳で主治医に指摘された。図星だった。うつや不眠を患いながらも、死は、どこか遠い存在だった。そろそろ、いつか来る〈そのとき〉を思い描いてみようか――。シーナ、ついに〈死〉を探究する! 夢で予知した母の他界、世界中で見た異文化の葬送、親しい仕事仲間との別れ。幾多の死を辿り、考えた、自身の〈理想の最期〉とは。

椎名さんの死生観、生き様…かと思って読むとちょっと違う。
人生で出会った死、そして旅の多い作家として出会った世界の死の儀式、国も宗教も文化風習も違う、その土地それぞれの死のとらえ方。
本書における「死」とは、主に死者の弔い方、死にまつわるさらっとしたエッセイです。

肉親の死、友人知人の死、年を重ねれば、そうした場面にいずれ向き合うことになります。そして、自分よりずっと若い人の死には胸が痛みます。
世話になった編集者の葬儀に違和感を覚える椎名さん。
そのあたり、あるあるって感じですかね。
私は日本のお葬式しか参列したことがありませんが、演出が過剰だったり、このお葬式はどうかな?と感じることはあります。
しかし、特別な準備、特別な存在(有名人)でもないと、葬儀にはあまり選択肢がないんですよね(汗)いや、できることはできるけれど、費用かかりすぎたり、いろいろ大変なだって意味です。
そういうことは、大人になるとわかってきますよね。
最近でこそ葬儀をしない、あるいはコンパクトな葬儀もありますが、私の住む田舎ではまだ珍しい。そうした確固としたナニゴトかをしたいわけでもないですが(汗)

参列する方としては、挨拶が退屈だったとか(汗)、坊さんが美声だったとか…そんな記憶ばかりが残ります。
たとえば同じ仏教でも宗派よってかなり違う。その違いも興味深いと感じる事もあります。
お葬式は、残された者がけじめをつけるためのものかなあと、個人的にはとらえています。故人と残された人の価値観や考え方であり、派手でも地味でも、違和感覚える演出であっても…正解はないと思います。

椎名さんの死生観とまでは深くはないけれど、リアルタイムでウン十年、著書を読んできた身としては…旅して汗流してビールがウマい!の椎名さんが、こうした内容を落ち着いて考えている。そんな年代だということが感慨深いです。
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