福島のこのごろ 原発PR看板撤去

2015年12月22日
原発PR看板撤去 「過ち伝えて」願い届かず 毎日新聞2015年12月21日
東京電力福島第1原発が立地し全町避難が続く福島県双葉町は21日、「原子力明るい未来のエネルギー」などの標語を掲げた原発PR看板2基の撤去を始めた。
91年に町役場の入り口近くにそれぞれ町が設置した。原子炉増設の機運を高める目的で、標語は町民らから公募した。
 看板は立ち入りが制限される帰還困難区域にあり、町は「補修や点検ができず、部品落下などの危険がある」として撤去と廃棄を計画。しかし、小学生の時に「明るい未来」の標語を考えた大沼さんらが「過ちを伝える遺物として現場に残すべきだ」と訴え、各地の脱原発集会などで集めた6902人分の署名を今年6月、町に提出した。これを受け町は、県などが同町や隣接する浪江町に整備予定の「復興祈念公園」に移設することを検討している。

「原子力看板」21日から撤去 双葉町、将来的な展示視野 2015年12月15日福島民友

福島第一原発の建設当時、(反対運動はありましたが公には)クリーンな未来のエネルギーとして広く告知されていました。
私が子どもの頃は、社会科見学で原発は定番でした。田舎の子どもである私にとっては、なんだかわからないけど原発はきれいで、見たことにない近未来な建物、そんな印象でした。
あとは自治体の例えば婦人会の研修などが第一原発だったりしていたようです。この頃の話を母に聞いてみると、こうした費用は全て東電持ちだったようです。
標語「原子力明るい未来のエネルギー」もPRの一環だったのでしょう。そういう時代でした。

福島県でも、原発の恩恵を直接うけていない地域では、原発はあるな〜くらいの意識しかない人がほとんどですが、原発以前、双葉地域はこれといった産業もない過疎地で、地元の高校生は卒業後、原発に就職するのがエリート…「親孝行ないい息子」と聞いたことがあります。
「明るい未来」とは、地元への恩恵という意味でも、文字通りだったのかも。
そのように原発と何十年も過ごしてきて、今全てを「過ち」でしたというのも残酷な話です。そんなふうに簡単に切り替えられるものだろうかと?
もっとも、経済効果を直接うけていた人(深読みしてください)は、原発事故後の今も「過ち」だとは思ってない人も多くて、もっと複雑なんですが(汗)お金は人の心まで変えてしまう魔物ですね。

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