福島民友連載「ゆがみの構図」に福島の本音を見る

2016年02月16日
福島県の地元紙に連載されていた「ゆがみの構図1〜7」(2016.1.31〜2.7掲載)は、原発事故後、福島県民が違和感を覚える…県外の人の目に映った「福島」を考えるという記事でした。
これは福島県民の「本音」だと思います。皆が同じ考えとは言いませんが、このように感じている人は多いです。
原発事故の被災者や被災地を支援したいと言う方にこそ読んでほしい内容、ネットでも読めます。(以下の記事は抜粋です)
【ゆがみの構図-1】被災地、無意識に差別 生の声聞き実情知る
「つらくて、本が開けません」。絵本作家松本春野は、自作に寄せられた県民からの声にはっとした。2012(平成24)年に出版された「ふくしまからきた子」(岩崎書店)への感想だ。「何がいけなかったの?」。その時は分からなかった。
作品に対する批判的な声を踏まえ、県内で取材を続けた「私が疑問に思うことは全て、現地の人はとっくに疑い、対策を議論していた。そんな当然のことが分からなかったのは『真実を知っているのは自分の方』とのおごりが無意識にあったからかもしれない」
 個々の事情を理解せず、福島を被災地として象徴化しようとしていたことに気付いた。
…原発事故から4年10カ月。「『政府の安全PR』に加担させられている、かわいそうな福島の子どもたち」などと単純化された外部からの視点が、県民を傷付けてきた。


絵本「ふくしまからきた子」はメディアにも取り上げられ、話題にもなりましたが、福島県ではあまり売れてなかったと、書店勤めの友人が言っていたことを思い出します。
創作活動ですから非難できませんが、作者が思うような、福島を代弁するものではなかったと思います。
この絵本に限らず、原発事故を取り上げた多くのフィクション…出版物、映像作品、舞台には違和感を覚えることが多いです。ウソだとは言わないけれど、福島の一面でしかなく、全てではありません。

【ゆがみの構図-2】悩ます「意識高い系」 「押し付け」に困惑
原発事故などの問題を何とかしたいと考える県外の人が、その共通認識を県民に求め、「福島県民にこそ問題解決に取り組んでもらいたい」と望む構図…。「原発事故の極悪非道さを強調すれば県民は立ち上がると考え、『ここに住んでいたら必ず健康被害が出る』などと外からのメッセージを送るのも、同じ構図だろう」
 「東京電力や政府に、福島県民はもっと怒るべきだ」。社会問題への意識の高い人が県外から発するそうしたメッセージは、時として県民を困惑させてきた。


生活を立て直し、普段の暮らしを取り戻しつつあるのに、「かわいそうな被害者」として立ち上がれなどと言われると「また、そこからか!?」という気持ちになります。
善意からだとしても、「意識高い系」は福島で暮らすことへの罪悪感をあおっているようにしか思えない時があります。特に子どもを持つ方はナーバスになっていました。

【ゆがみの構図-3】乱暴な「福島県集約論」 見えない国の関与
東京電力福島第1原発事故により発生した指定廃棄物の最終処分場について…
住民や行政の反対により、(福島県外)各地で調査すらできない事態に発展。処分の行方が不透明な中、福島県での集約処理を訴える声が後を絶たない。
根底に福島県は「汚染されたところ」との意識がある。「福島の汚染された場所で集約処分すべき。福島は発生元だから被害が生じても仕方がないじゃないか」
放射性物質は県内外に飛散した。だからこそ「各県処分」なのに、他県では「福島の問題」と見なされる。


福島県外の人が「汚染物質は出た所に、福島に戻せ」という気持ちはわかります。けれども我が郷土は「ゴミ捨て場」になってしまうのかと思うとやりきれません。
福島県内の汚染物質を原発周辺に集約(中間処分場)するだけでもすったもんだしている状況。県外の廃棄物を福島に集約するには、道路の整備から始まり(うちの近所と通るなとかね)、用地確保など、膨大な待ち時間と費用がかかります。その現実的な部分をもっと報道すべきと思うのですが。
今後、廃炉になる浜岡原発、もしかして廃炉になるかもしれない高速増殖炉「もんじゅ」、ここからも膨大な廃棄物がでますが、貯蔵施設は全く決まっていません。そんな状況でまだ原発作る気か?と思いますよね。
もんじゅ 廃炉3000億円 原子力機構試算、原発の数倍 毎日新聞2016年2月16日 

【ゆがみの構図-4】漁協に一方的な中傷 現状を伝え続ける
まだ魚を取るつもりなんか」。受話器の向こうから、まくし立てるような関西弁の怒声が聞こえる。汚染水漏れ、サブドレン運用開始...。相馬双葉漁協岩子事務所(相馬市)には、本県沖の漁業に関するニュース(試験操業)が取り上げられるたび、県外から、県漁連の運営方針などを中傷する電話がかかってくる。
「一番頭にきたのは『賠償をもらいたくて福島に住んでいるんだろ』と言われた時かな」。同漁協参事の阿部庄一(60)は、浴びせられた言葉を忘れない。本県漁業環境の回復状況などを根気よく説明するのだが、相手は原発問題や放射線に関する持論を一方的に述べ、聞く耳を持たない。


記事は漁業ですが、野菜や米農家でも「毒を作ってまき散らす気か?」的な中傷は後をたちません。

【ゆがみの構図-5】象徴化される避難者 生活再建が一番大切
原発事故から間もなく丸5年。避難者は放射線への不安だけでなく、子どもの進学や仕事の問題など個々の事情を抱える。しかし一人一人の課題解決よりも、県民全体を「原発事故の被害者」と象徴化してしまう風潮はまだある。

県民全体を「原発事故の被害者」と象徴化…ここが問題ですよね。事故から5年、状況は様々、安全に対する考え方も様々です。

【ゆがみの構図-6】海外に届かぬ今の姿 理解促すアプローチ
海外にも大きな衝撃を与えた東京電力福島第1原発事故。当時の印象はその後も更新されないままだ。「福島=危険」の図式が国内はもとより、外国人旅行者を激減させた。
正しい情報発信が求められる一方で、海外の人の「止まった記憶」にアプローチしようとの取り組みも始まっている。


【ゆがみの構図-7】福島をおとしめるな 努力続ける福島県民
「どこが収束か 事故5年目を迎える福島 原発事故が奪った村」。月刊誌「DAYS JAPAN」12月号。そんな文字と共に、草が生い茂る中に車両が並ぶ写真が掲載された。ポーランド人写真家が写したもので「人々が乗り捨てて逃げた車が、4年半の歳月を経て草に覆われていた」と説明書きが添えられた。
雑誌を発行するデイズジャパンは同社のHPで「『人々が乗り捨てて逃げた車』とあるのは誤りで、原発事故前から廃棄されていた車だった可能性が高いことが分かったと説明した。撮影場所も双葉町と誤って記載していて、実際は富岡町だった。
原発事故は怖いと衝撃的に伝えようとしたのだろうが、思考と手法が安易すぎる」。避難区域内の歴史資料保存などに取り組む福島大教授の阿部浩一(48)は指摘する。


読者が想像するような、それらしい写真にもっともらしいキャプションを付ければ、あたかも事実間違いないという印象を与えることができます。「ああ、やっぱり」という風に、人は自分が読みたいように読むものでもあります。
そして報道で皆さんに伝えられることは、福島のごく一部です。良くないニュースの方がインパクトがあり、記憶に残るのも辛いところです。

福島は様々な問題を抱えていますが、記事にあるように、原発事故だけが問題なのではなく、少子化や人口減少というどこの地方の自治体も抱える問題が大きいです。
福島は復興めざましいとは思いませんが、復興めざましくとも、福島が元気にがんばっていても、それは原発の賛否とは別の話です。都合よく利用されるのも勘弁してほしい。

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