大山忠作美術館 二本松さくら展

2016年05月06日
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二本松さくら展
平成28年4月9日(土)~5月8日(日) 
大山忠作美術館 
日本人にとって桜は特別な存在です。
ここ二本松市には福島県の名木三春の瀧桜の孫桜にあたる合戦場の桜が、近年美しい花を咲かせています。
この他にも二本松市には霞ヶ城公園の約5,000本の桜をはじめとして、大山忠作も描いている本久寺の桜などさくら巡りができるほど桜の名所があるのです。
そこで当美術館では、桜の季節に合わせて『二本松さくら展』を開催します。近代の巨匠が描いた桜から、現代の作家が描いた桜まで特色ある桜で当館が埋め尽くされます。
今回の展示作品の中でも特に、東山魁夷の《花明り》という門外不出と言われた名作を間近で観られる奇跡も起こります。
震災から6年目を迎える春に日本人の心を躍らせる桜の花を、室内室外でご覧いただき、美しく、心和む春をお過ごしいただけたらと考えております。


二本松駅前、二本松市市民交流センター3Fの小さな美術館は、東山魁夷の桜が展示されるとあって、大変な人出でした。
東山魁夷のネームバリューはすごい、年配の方を中心に、普段美術館に来ない方も大勢いらっしゃったようです。
この企画展の実行委員長でもある、大山忠作画伯の長女で女優の一色采子さんがほぼ全日、ギャラリートークを行っていたことも集客の要因かもしれません。
東山魁夷の「花明り」一般公開されておらず、さくら展の開催にあたり、一色氏が東山家を通じて、所有する大和証券から出品してもらったとか。

「花明り」は美しい作品でした。
京都「円山公園」の「枝垂桜しだれざくら」がモデル。松の森を背景に、ぼうっと光り輝く櫻、実際月明かりでこのように幻想的な風景はないし、今流行のライトアップでもこのようには見えない。画家の心の中にある風景と言ってもいいと思います。
自己や感情を極限まで滅してしまう東山魁夷の作風には、生真面目、清く自己を律する日本人の精神性がみてとれ…今はもうそういう人も少ないかもしれないけれど、だからこそ、年齢層の高い方により人気があるのではないかと思ったりします。
同時に清らかで、少し物足りなさも感じてしまう私ですが、この作品はやはり美しいと思いました。

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中島千波 花晨黄門山櫻

こちらも華やかな桜の屏風。
このように埋め尽くす桜を描くのが、日本画のトレンドという感じ。

その中で、田渕俊夫「花の道」は、山道に舞う桜の花弁だけを描いた作品。
山桜は遠目に見つけやすいのですが、近くに来ると空の色になじんでしまい見つけにくい。花びらが散り始め、ようやく桜があることに気がつく、それを知っている人の目線であることがわかります。

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横山大観 春曙

時代を遡ると、花で埋め尽くされた桜ではなく、控えめな山桜が主流。
川合玉堂「春峡萬弦」「春山行旅」で描く渋い色調の桜は、ある意味もっとも写実のような気がします。
奥村土牛「吉野懐古」も山桜のほんのりした雰囲気がいいなと思いました。
桜は日本人の心に響く花なので、現代の作家が描く桜が、テーマをもったもの、心象風景的ものであっても不思議ではないですが、こうしていろいろ見ていると、装飾的に過剰になりつつあるような気もします。

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上村松園 小町の図

たった五弁の花びらしか描かれていない。この格調の高さに、参りました。

個人的に好きな作品は、前本利彦「根尾谷の櫻」、たらしこみで描かれた古木の幹の存在感に、私の好きな桜を見たような気がします。
佐藤太清「磨崖仏-弥勒」は崖に彫られた仏をつつむように咲く桜が優しげ。
珍しいのは平山郁夫の桜「吉野山」
室井東志生「變」(変わるという意味のよう)は、桜の衣をまとった玉三郎さんをモデルにした作品。


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