映画「BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」

2016年09月29日
e78647a571ce6.jpg

BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント
ロンドンに暮らす、好奇心旺盛な10歳の少女ソフィー。ある真夜中、彼女は窓から侵入した “巨大な手”によってベッドから毛布ごと持ち上げられて、“巨人の国”に連れ去られてしまう。ソフィーを連れて行ったのは、夜ごと子供たちに“夢”を送り届ける、やさしい巨人BFG(=ビッグ・フレンドリー・ジャイアント)だった。
ひとりぼっちだったソフィーは、巨人にしては優しすぎる孤独なBFGと心を通わせ、いつしかふたりの間には身長差6メートルの“奇妙な絆”が生まれてゆく。しかし、BFGとは正反対の凶暴な巨人たちによる恐るべき計画が…。このままではイギリスの子供たちが危ない──。この危機を救う唯一の鍵は、何事も恐れない小さな少女ソフィーの勇気だった…。


Clnl5P6WMAADA6.jpg
誰もが寝静まる真夜中、たった一人起きているのはソフィー。ソフィーは知っています、大人たちは気がついていないけれど、真夜中の恐ろしいナニモノかが街に現れる事を。
街を徘徊するナニモノかは巧みに隠れるのですが、ソフィーは見てしまいます、巨大な人影を…
このなんだかよくわからない怪しい何か…何かが起きる…ドキドキする感じがよく出ています。
そしてくるまったキルトごと、さらわれるソフィー。野を駆け抜け、山を越え、巨人の国へと走って行く疾走感が、スクリーンだと大迫力です。

oasuyutc40.jpg
さらわれた巨人の国で、奇妙な友情で結ばれるソフィーとBFG。
BFGの仕事は、夢を届ける事。夢を集めるシーンは映像のハイライト、幻想的でとても美しい。

thumbnai9505.jpg

640cppiytyty2.jpg
そんな美しさもつかの間「悪い巨人」たちの企みに気づいたソフィーは、ロンドンの街を救うために立ち上がります。

maresdefault.jpg
スピルバーグとディズニーという贅沢な組み合わせでありながら、評価はイマイチ高くない、つじつま合わない。ソフィーの孤独感がつたわらない、ロンドン襲う意味わからない。原作ファンからは原作の良さを台無しにした…と、さんざんな書かれよう。
原作は児童文学、ロアルド・ダールの『オ・ヤサシ巨人BFG』。私は原作を読んだようなかすかな記憶が…くらいなので、まあ知らないと言っていいと思います。
実際見ると、たしかになんでこうなるのか?つじつまもどうかなと思う。
実は、さんざんなレビューを読んだにもかかわらず、わざわざ映画を見にでかけたのは、私が子ども時代に親しんだ児童文学の香りがしたからです。

子どもから大人へ成長過程の不安定な時期、あるいは難しい環境におかれた時、ここではない「どこか」が必要な時があります…そういう子どもが一定数いて…児童文学のファンタジーはそれを受け止めてきたと思います。
ナルニア国物語、リンドグレーンの一連の作品、センダックもエンデも、そんな作品。
児童文学は、もともと「説得力」とは無関係。ファンタジーであればなおさら顕著で、読者は世界観をただ受け入れるしかない。子どもは問答無用に展開する世界(ストーリー)を想像で補完していく。それが児童文学の醍醐味ではないだろうか?語弊のある言い方ですが、完璧すぎる話には想像力の出番もない。
(もちろん「指輪物語」みたいなすごいファンタジーもありますが、あれは児童文学とは違う)

そうはいっても今回は、かのメジャーブランド、ディズニーとスピルバーグだからなあ(笑)
深読みすれば、マイナーな映画会社制作で、オタクだけしか見ない方が評価高くなるかもしれない、オタクは描かれてないところを妄想するのが好きですからね(苦笑)

この映画の見所は、ダイナミックな疾走感と、ファンタジーらしい美しい映像。
個人的には、子どもがかわいそうな感じがしないところが気に入ってます。ファンタジーは人情話でではないし、道徳を説く物である必要も無いと思うので。

関連記事
映画 | Comments(0) | Trackback(0)
Comment

管理者のみに表示