福島のこの頃 福島民友【復興の道標・不条理との闘い】を読んで

2017年03月11日
まもなく震災と原発事故から6年、早いものです。
「復興」と言っても、これだけ大きな災害規模、様々な人生、価値観があり、一口では語ることはどだい無理です(世界を一口で語れないのと同じ)正直、復興に「正解」はないなと感じています。それでも我々は少しでもよりよい方向を探りながら対処していくしかないです。
今は大きなテーマや「思い」で語るより、できるだけ細分化し、一つ一つの問題を一つ一つ解決していくというのが、地味だけけれども着実な復興ではないかと思っています。

民友の連載記事は、そんな地味な部分をクローズアップしていて、福島県民として共感できるものでした。
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福島民友【復興の道標・不条理との闘い】
震災、原発事故から間もなく丸6年。「福島は危険」といった偏見などゆがんだ見方は国内、海外で根強く残る。正しい理解をどう広げるか、必要な取り組みを考える。


自分で見て伝えたい モモ吐かれた経験原点
2017年03月05日

「ご安全に」。大勢の作業員が行き交い、あいさつを交わす。昨年7月、東京電力福島第1原発を初めて訪れた福島大2年の上石(あげいし)美咲(20)は、第1原発に抱いていたイメージとの隔たりに驚いた。
上石が第1原発を視察したいと考えた背景に、県外で経験した忘れられない出来事があった。
 2015(平成27)年夏、ミスピーチキャンペーンクルーの一員として横浜市の百貨店で福島のモモの販売促進イベントに参加。1人で買い物に来ていた女性にモモの試食を勧めた。「おいしいね。どこ産の?」との質問に「福島から参りました」と答えると、女性はモモを吐き出した。
厳しい検査体制が構築された今、国の放射性物質の基準値を上回る農産物が出荷されることはない。
上石がモモを吐かれたことも、県外で相次いで発覚している本県からの避難者に対するいじめも、誤った理解に基づく「福島県へのいじめ」と捉える。


ざっくりですが、一般に流通する福島産の米や野菜に、基準値を超える放射性物質が含まれなくなってから、だいぶたちました。
検査する必要ないのでは?いったいいつまで検査を続けるのか?…そういう意見もありますが、生産者は、無検査では世の中で信用されないと肌で感じています。いったん付いてしまった危険なイメージは簡単には払拭できない、そこが辛い所ですね。
少なくなったとはいえ「福島」というだけで何もかも受け入れられない人がいます。こればかりはどうしようもない、もうあきらめてます。
そんなことより、世の中には危険なものはたくさんあるじゃないか…交通事故や病気、運動不足、肥満とか、仕事や教育問題、妻(夫)の機嫌とか(汗)…などと、ついぼやきたくなります。
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自信持ち語る力を 原発視察、若者の学びに 東京大学教授の早野龍五
2017年03月06日

「若者が将来世界に出て『福島の原発どうなってるの?』と聞かれて『知らない』はまずい。自分の言葉で語れるようになってほしい」。東京大学教授の早野龍五(65)はそんな思いから昨年11月、福島高校の生徒を連れて東京電力福島第1原発を訪れた。
「将来、不幸にして偏見にさらされても、自信を持って『そうではない』と言えるようにした上で、進学や就職で県外に出る福島の若者を送り出したい」。原発視察も、そうした思いが背景にあった。
「生徒たちにとって、一定の覚悟を要する活動だった」と早野は振り返る。偏見に打ち勝とうと、廃炉の実情を知ろうとする若者たちの行為さえも「東電のためにやっているのでは」などとゆがんだ視線にさらされる。
それでも、福島の若者を対象とした視察事業は広がりつつある。福島大は新年度から、第1原発視察を教育に取り入れる。


原発の賛否はともかく、廃炉は廃炉で進めなくてはなりません。そして廃炉や被爆は、科学や技術開発(と費用)、医療の問題です。根拠なく不安をあおったり、過度な感情論を持ち込む必要はないと思っています。
「危険」と「子ども」を持ち出せば正論になってしまう風潮には辟易します。
安全に配慮した上で原発を視察することは問題ないと思う。私も一度見学してみたいと思っているのですが、なんらかの団体などを通してでないと難しい、なかなか機会がありません。

マスコミ関係者で、事故後間もない頃から最近まで、何度か見学した方と話す機会があったのですが、もう以前のようなぴりぴりした雰囲気も、危険なイメージもなくて、それより王手ゼネコンが参入した超巨大プロジェクトという感じですごかった〜…だとか。
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偽ニュース海外拡散 格納容器の高線量...誤解
2017年03月07日

東京電力は同2日、福島第1原発2号機の原子炉格納容器内の画像を解析した結果、線量が推定で最大毎時530シーベルトに上ると発表した。
高線量の数値は、核燃料が溶け落ちた格納容器内の線量だが、あたかも福島県全体の線量が上がったと取れるニュースもあった。実際は格納容器の外は線量に変化がなく、異変は起きていない。この6年、放射性物質の自然減衰などの効果で本県の放射線量は低下し続けている。
事実と異なる情報は、英語圏にとどまらず中国語やフランス語でも広まった。「福島に来れば『フェイクニュース(偽記事)』だとすぐ分かるのに」。福島大助教のマクマイケル・ウィリアム(34)はうんざりした様子で語る。


遠く離れてしまえば、現在の福島のことはあまり報道されません。初期報道の危険なイメージだけが残り、その後も悪いニュースしか全国ニュースにはなりません。
廃炉には問題が山積みであることは事実ですが…今、福島の普段の暮らしに迫る危険はないです。
福島県の約5%くらいの土地が避難区域や帰宅困難区域らしいのですが、それもどんどんに解除されつつあり、今年の春には3%くらいになるらしい。

避難区域の変遷について-解説-福島県HP
【震災6年】「福島県復興」新章へ 避難区域3分の1に 2017年03月04日 福島民友
県内外への避難者はピーク時の約半数の8万人(県内と県外それぞれ4万人)
2011年の福島県の人口は202万人、昨年12月は189万人。震災と原発事故により人口減少は加速しましたが、人口減少は全国的な傾向(特に地方では激しい)です。

日本は都合の悪い報道を隠している、外国の報道は正しい…なぜかそう思い込むネットユーザーが多いのは困りもの。隠してない…とは、そりゃ言い切れないですが(汗)
いったいアンタは福島の何を知っているのじゃ?と言いたい。
報道は良くも悪くも物事の一部分だけ、とにかく冷静に。そして悪いことの方がより話が大きくなり、広まるということを心にとめておいて欲しいです。
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無関心が偏見を生む、現状見ずイメージ固定 福島医大教授で精神科医の前田正治
2017年03月08日

「震災と原発事故後、時間の経過とともに放射線への正しい理解が広まると思っていた。しかし実際は正しい理解が広まる前に、県外の多くの人は放射線への関心をなくしてしまった」
前田は本県の若者などが県外に出たとき、放射線の健康影響に対する誤解に基づく偏見にさらされることを心配する。「偏見は自信喪失や怒りを生む。福島生まれであることを隠すことにつながりかねず、深刻だ」
 昨年から相次いで発覚している本県の避難者に対するいじめの問題も、背景には無関心とイメージ固定化があると考える。
哀れみの目が人を傷つけることもある。ある医学生医学生は数年前の夏、NPOが九州に福島の子どもたちを招いて実施したキャンプに参加した。子どもたちはキャンプを楽しんでいたが、雰囲気を一変させる出来事が起きた。
 地元の男性が子どもたちに飲み物を差し出し、こう言った。「君たち福島から来たんだね。かわいそうに。これを飲めば、放射性物質は全部外に流れていくから」。これを聞いて泣きだす女の子がいた。
県民を苦しめる無関心とイメージの固定化。今の本県の姿をどう認識してもらうかが大きな課題だ。


「かわいそうに」原発事故以降、このような言葉が福島のどれだけの人を傷つけたことか…
県外や遠くになればなるほど、福島のイメージは悪いと言ってもいいのかもしれません(初期報道の危険なイメージしか残っていないので)
また遠くに避難するくらいの方は、福島は危険と考えているわけで、とても言いにくいのですが、福島のネガティブな広報をしてるように感じることもあります。
一方で次々発覚する原発避難者へのいじめには憤りしか感じません。

避難と言っても様々で、大きな危機感からの方もいるし、進学や就職でちょうどいい機会だからとか、特に福島にいる理由も無いからって人もいます。とにかくいろいろなのです。
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福島とはまったく関係ないのですが、最近の乙武洋匡さんの発言には共感するところが多いです。
「障害者」という固定イメージに苦しんだ人生は、被災者、フクシマというイメージに縛られる福島の状況に近いものがあると思う。(一連のスキャンダルで彼を受け入れられなくなった方もいるでしょうが、そこは人間の好みの問題)
乙武洋匡「感動ポルノ」との決別 文藝春秋 2017年3月号
乙武洋匡「自分をようやく理解してもらえた」 東洋経済オンライン
乙武洋匡「私の意見は障害者の総意じゃない」 東洋経済オンライン

だからといって、福祉や災害復興、助けあいがいらないわけではありません。
乙武君には介助してくれる人が必要だし、東日本大震災では国内外、たくさんの支援がなければ乗り越えることができなかったと思います。そのことは深く感謝していますし、日本という国でよかったと思うこともたくさんありました。
いろいろ問題が多い24時間テレビを批判することは簡単ですが、あの企画によって初めて知ることも多かったはず、またボランティアが広まったし、救われた人も多いと思う。
当たり前ですが、誰も一人では生きていけないのです。
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映像で描かれた福島 真摯に向き合う作品も 2017年03月09日
震災後、福島県や原発事故をテーマに多くの映画が作られた。誤解に満ちた表現や、政治色を前面に出した展開など、県民にとって見るに堪えない作品も少なくない。
時間の経過とともに県民と真摯(しんし)に向き合う映像作家も増えた。ドキュメンタリー映画「新地町の漁師たち」(福島市で4月公開予定)もその一本だ。福島市の映画館「フォーラム福島」の支配人・阿部泰宏(53)は「漁師さんたちの痛みやジレンマが、私たち内陸部に住む県民にも伝わってくる」と評価する。
 映画は監督の山田徹(33)が、新地の漁業者を3年半にわたって記録した。汚染水の海洋流出問題を巡る交渉シーンを主軸に据える。漁師たちは漁ができない怒りや悔しさをぶつける一方で、カメラの前で本音をつぶやき、時には屈託のない笑顔も見せる。


私は、震災後に制作された福島や原発事故を想像させる映画(フィクション)の90%くらい(100%でもいいんですが)は、受けいれられませんでした。それは善意や正義を掲げたものであっても、いいようのない屈辱感や哀れみをもって見下されているような感覚…予告を見ただけで気分が悪くなるというか…それは福島県民のかなりの割合でそうだったと思います。
この記事で取り上げているのはドキュメンタリー(ノンフィクション)なのでまた違いますが。
時間をかけ真摯に報道をしてきたTV・新聞などは大丈夫ですが、作家や監督の目が入った途端、「違う!」と感じることが多いんですよね。



マスコミでも広く取り上げられたこの絵本は評価が高く、県外ではけっこう売れたそうですが、県内では全然売れなかったと、作者が「福島をずっと見ているTV」話していました。
ちなみに本屋の友人も全然売れてないと言っていました。
どうしても受け入れられないこの感じ、なかなか上手く言えないです。
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震災から6年、物事は様々に枝分かれし複雑に絡み合っているように感じます。
私が知ることができるのも、一部でしかなく、ナニゴトか大きな事ができるわけでもありません。ただ私が生まれ育った福島と、少しは誠実に向き合いたいものだと思いながら暮らしています。
ちなみに福島県民として、なめられている?…とは時々感じますが、巨大組織に騙されてる?…と思ったことはないです(苦笑)

・被災地や原発(原子力政策)に無関心にならない。
・報道は冷静に受け止める。
・無理のない範囲で(できれば継続的に)被災地を知る、被災地の産品を買う、訪れる。

震災から6年、このブログを読んで頂ける、ごく普通に暮している方にお願いしたいのは、そんなおだやかな行為です。

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