エイミー・ベンダー著「レモンケーキの独特なさびしさ」

2017年06月04日


9歳の誕生日、母がはりきって作ってくれたレモンケーキを一切れ食べた瞬間、ローズは説明のつかない奇妙な味を感じた。不在、飢え、渦、空しさ。それは認めたくない母の感情、母の内側にあるもの。
以来、食べるとそれを作った人の感情がたちまち分かる能力を得たローズ。魔法のような、けれど恐ろしくもあるその才能を誰にも言うことなく――中学生の兄ジョゼフとそのただ一人の友人、ジョージを除いて――ローズは成長してゆく。母の秘密に気づき、父の無関心さを知り、兄が世界から遠ざかってゆくような危うさを感じながら。
やがて兄の失踪をきっかけに、ローズは自分の忌々しい才能の秘密を知ることになる。家族を結び付ける、予想外の、世界が揺らいでしまうような秘密を。
生のひりつくような痛みと美しさを描く、愛と喪失と希望の物語。


作った人の感情や思いまで感じ取ってしまう、ある日、特殊な能力を持ってしまったローズ。そりゃ魔法みたいなお話か?…と思えば、この本はファンタジーでもミステリーでもないんですね。
ローズにとって、作る人の心を感じ取ってしまうその能力より、一見明るくてやさしい母の心が、焦燥感や怒り、むなしさでいっぱいであること(を知ってしまった事)の方が衝撃なのです。

母の料理からネガティブな感情が消える事はなく、食事はローズにとって苦痛でしかなくなってしまいます。
それだけでなく、ファーストフードを食べれば工場生産独特の化学的な味が、安価な料理を食べれば、野菜を収穫した貧しい農夫の心まで感じとってしまう。
ローズは食べる事がすっかりいやになってしまいます。
子どもにとって、家庭の料理が苦痛になってしまうと、ある意味居場所さえもなくなってしまうのだなと思う。
温厚な父、秀才だけど謎の行動をする兄、ボケているのか謎めいているのわからない遠くで暮らす祖母、平和で穏かに見えた家族も、気がつけばバラバラ。

料理もケーキも自分で作ればいいじゃないか…と大人である自分は思うわけです…。そして、その能力が開花したなら…それはファンタジーになるのですが、あいにくとそうはならない(汗)
ローズは普通に食べたふりをしながら、普通の家族を演じようとします。

時が過ぎ、ローズが大学生になろう頃、家庭はとうに居心地のいいものではなくなっているのですが、家族を唯一つなぎ止めるのは自分だと感じ取っているローズは、家を離れる事ができません。淡々と描かれているけれど、その思いが切ない。
兄の友人で唯一の理解者だったジョージも、数少ない友人も大人になり、それぞれの人生を歩み始めます。
そして兄の失踪、家族の様々な思いが露になっていきます。
ローズはひりひりとした日常を送りながら、少しずつ大人になり、そしていくつかのきっかけから仕事を得て、自分の人生を歩き出そうとします。
ローズの人生は、小説として読むとはがゆいほど受動的です。しかし、未来への一歩はやはり自分で踏み出すもの、そこに希望があるように思えました。
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