FC2ブログ

福島のこの頃 震災から7年

2018年03月12日
震災からもう7年、あの年に生まれた子どもは小学生、早いものです。震災の記憶のない子も増えてきたのですね。
7年という時間は長く、被災された方を取り巻く状況もどんどん変わってきたのではと察しています。新しい生活に踏みだした人も、全く踏み出せない人も様々、それこそ人の数だけ状況は違っているように見えます。
「復興」とはなんだろう?お金だろうか、命だろうか。
復興の公平性についても疑問、時間がたってもわからないことばかりです。

震災や原発事故がなくても、子どもは成長し、人は年をとります。たくさんの幸せが訪れる人もいれば、病気をしたり、家族に問題があったり、アクシデントに見舞われたり、景気に右往左往したりもします。原発事故以外にも心配事は山ほどあります。
私の住む地方(福島県中通り地方)では、震災や原発事故もそんな人生のあれこれに少しづつ埋もれていくのかなと感じています。
残念ですが、今の日本の状況では、震災がなくても少子化は進み、被災地の多くで過疎化が進んでいくでしょう。
原発事故は決して許しませんが、原発事故さえなければ幸せいっぱいなんてことはないのです。
震災だけではなく、人生の様々な困難を乗り越える力が備われば…(笑)
愛と勇気で乗り越える!とか、きっぱり言ってみたいですが…そういう言う自信がないのは、大人だからなのか、自分も年をとったからなのか(汗)

報道などでは「あの日をわすれない」そんなフレーズを聞きますが、忘れたい、忘れてもいいんじゃない…私の周りではそんな声も多く聞きます。
過去をなかったことにするわけではないし、考えることを放棄してはいけませんが、そこに囚われすぎると未来に進むこともできなくなりそうで。
山あり谷あり、人生とはややこしい(汗)


-----------------------------------------------------------------------------------
NHKスペシャル
被曝の森2018  見えてきた“汚染循環”
NHK総合 2018年3月7日(水)  午後10時25分~11時15分

東京電力福島第一原子力発電所の事故によって放射性物質で汚染された区域はこの先どうなっていくのか?2016年3月に放送した「被曝の森~原発事故5年目の記録~」では、急速に家々を覆っていく植物や、昼間から住宅地に出現するイノシシなど、無人の町が野生に侵食されつつある衝撃の実態を明らかにした。放射性物質の生物影響に関する様々な研究報告も伝え、低線量被曝の謎に迫った。今回の番組はその続編。
去年の春、被災地は新たな局面を迎えた。国による計画除染が終わり、広い範囲で一斉に避難指示が解除された一方で、山間部を中心に「帰還困難区域」として取り残される地域が生まれたのだ。その面積は340km2(東京23区の約半分)。対象となる住民は2万4千人に及ぶ。そうした「帰還困難区域」で、放射性物質はどのような影響をもたらしているのか?科学者による研究は、より深く、より多角化している。これまで調査されてこなかった高線量の森に踏み込み、生態系の中で放射性物質がどのように移動・残留しているのか、解明が進んでいる。科学者たちの挑戦や住民の思いを追いながら、その実態を記録する。


必要以上に映像を暗くしているように、内容を重くしているような気がしてどうかなあと感じましが…まあそれはおいておいて。
放射性物質の半減期、自然減や除染によって、帰還困難区域でも線量はかなり下がってきました。同時に経年によって放射性物質はどのように変化、移行していくのか、まだわからないことも多いようです。
事故当初、放射性セシウムは土壌を汚染し、時間と共に地下に浸透し地下水を汚染するのでは?また、雨や河川によって流された放射性物質が河口(湾や港)にたまり、数年後に汚染するのでは?という仮説もありました。
7年たってわかったことは、幸いと言っていいのか…日本の粘土質の土壌についたセシウムは、ほぼ表層の土にとどまっている。つまり河川も地下水も汚染しない、しにくいということでした。
帰還困難区域をかかえる浪江町には、サケ漁で有名な請戸川がありますが、数年前から水質に問題ないこと、サケの放射性物質も基準値以下、福島県内ではそんなニュースも流れていました。(だからといって出荷には風評含めまだまだ課題がありますが)
番組では、スズメバチやねずみなど野生動物に蓄積された放射性物質が循環して減らない事例など。ただ、その影響が個体の代がわりでどうなるかはわからない…わからないということは、今のところ影響が見えないってことです。
また林業再開の見こみが厳しい、樹木の汚染などを取り上げていました。
まあだからこそ、帰還困難区域とされているわけです。どこが安全でどこがなにが危険かを把握していれば、だいじょうぶです。
故郷への帰還がむずかしい悲しみは、決して癒えることはないですが、情に訴えるのではなく、データを基に、冷静に受け止める、時間と共にそういう時期なのだと思います。
-----------------------------------------------------------------------------------
菜の花栽培による浜・中通り地区の被災地農業支援プログラム
東日本大震災 福島第1原発事故 菜種で農業再生を 南相馬に搾油施設 市民団体「6次化の成功モデルに」 /福島  毎日新聞2018年2月16日 地方版
福島第1原発事故後の農業再生を目指して南相馬市で菜の花栽培に取り組む市民団体が近く、市内で菜種油の搾油を始める。同市のほか相馬市、浪江町、飯舘村など周辺地域で収穫した種を集め、食用油などの加工食品として販売する。地元での生産体制が整ったことで、「6次化」による風評被害の緩和や農地の利用拡大が期待されている。
協議会代表の杉内清繁さん(67)は震災前、同区の高地区でコメの有機栽培などを手がける農家だった。しかし、原発事故で杉内さんの農地の大半が作付けができなくなった。その時に知人から聞かされたのが、チェルノブイリ原発事故で広範囲に放射能被害を受けたウクライナで行われた菜の花栽培だった。菜種油には放射性物質がほとんど移行しないことを知り、2012年から市内で栽培。菜種を栃木県内の施設に持ち込んで絞った食用油を、「油菜(ゆな)ちゃん」の名で製品化した。名付け親は地元の県立相馬農業高校の女子生徒だ。
 現在、食用油のほかマヨネーズやドレッシングも製品化。16年には、自然素材を使った化粧品などを販売する「ラッシュ」(本社・英国)と提携関係を結び、「油菜ちゃん」を原料にしたせっけんも全国で販売されている。

なたね油 油菜ちゃん | 南相馬農地再生協議会

「菜の花(またはひまわり)で除染」…原発事故直後そんな話が盛り上がりましたね。チェルノブイリとは土壌も違い、除染の劇的な効果は見込めそうにないことがわかるにつれ、すっかり聞かなくなりました。
このプロジェクトも当初の計画は除染目的で、菜種油はディーゼルオイルにするつもりだったと思います。除染や汚染程度も当初考えられていたより低かったのか、菜種油に放射性物質は含まれないことがわかり、食用油として商品開発に舵をきったのかなと思います。
ドレッシングを食べましたが、おいしかったです。ただどこの6次化商品もそうですが…高いんですよね(汗)被災地支援として購入、そんな流れか。現在通販、道の駅などで購入できるようです。

関連記事
福島で暮らす | Comments(0) | Trackback(0)
Comment

管理者のみに表示