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画家にとっての戦争の記憶

2010年08月12日
8月、この時期になると戦争や終戦にまつわる特集番組が多くなりますね。
熱心に見てはいませんが、アート系の番組となると何となく見ていています。
先日あいついで放送された2人の日本人画家の番組、どちらも詳しく存じあげない方なのですが、番組を見ながら思う所がありました。

○日曜美術館
宮崎進~シベリア・鎮魂のカンヴァス ~
放送日:2010年 8月1日(日)NHK教育
[番組HPより抜粋]宮崎進(みやざき・しん)さん、88歳。旧満州で終戦を迎え、シベリア奥地の収容所で4年間抑留生活を送った。復員後、旅芸人を描いた作品で安井賞を受賞し画壇に登場。そして、シベリアでの体験を描いた「俘虜」、「いたましきもの」など、生と死、絶望と希望が共存する傑作が、多くの人々に深い感動を与えた。



一人は、日曜美術館で取り上げられた宮崎進氏。
理屈で言うしかありませんが、戦争体験は辛く、シベリア抑留の4年間というのもまた厳しい体験ですね。
宮崎氏は復員後画家を志すも、社会となじめす各地を放浪、1960年代旅芸人のシリーズで作家としての地位を築きます。
しかし、人気作家となっても決してシベリア抑留時代を忘れることはなく、その思いが作品となるのは1980年代。
シベリアの過酷な環境で、餓死、銃殺、自殺…次々と亡くなっていく仲間の抑留者たち、そして生き残った自分。
暗く重い画風のシベリアシリーズは、暗さ、悲惨さより、人間性を踏みにじられた絶望や、シベリアの大地に縛り付けられた仲間の声にならない叫びが聞こえてくるようです。

○生命(inochi)~孤高の画家 吉田堅治~
放送日:2010年 8月 9日(月)NHK総合
再放送:2010年 8月13日(金)NHK総合
    午前0:15~午前1:05(50分)
[番組HPより抜粋]去年2月、パリでひとりの日本人画家が生涯を閉じた。吉田堅治、84歳。金箔や銀箔を配した輝く色彩と大胆なフォルム。ほとんどの作品のタイトルは“La Vie”(いのち)。吉田の絵の原点は、20歳で志願した海軍航空隊での体験だ。神風特攻隊の訓練生となるが、出撃直前に終戦。戦後は亡くなった戦友たちの鎮魂のために黒一色の絵を描き続け、“生命”の大切さを絵で伝えることこそが自分の使命だと、40歳で単身渡仏する。
 西洋の“祈り”との出会い、中東への旅。ほとんど帰国することなく常に“生と死”の意味を問い続けた吉田が最後にたどりついたのは、金箔銀箔を使った輝きの世界だった。


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もう一人の画家は吉田堅治氏。かつての戦友のインタビューを交えた、見応えのあるドキュメンタリーでした。
画家志望の(たぶん)穏やかな青年だった吉田氏を、恩師は戦争に行かせたくなかったらしい。しかし、これは時代の流れでしょうかね、志願して海軍へ。
彼もまた奇跡的に生き残った人。本人にとっては「生き残ってしまった」ということらしい。
戦友たちの鎮魂のために黒一色の絵を描き続けたという吉田氏は、40歳でパリに渡り、異文化と出会い、やがて命の輝きを描くことに到達しました。

宮崎氏と吉田氏、どちらも戦争という体験を抱えているという意味では似ていますが、その表現の仕方は、全く違いますね。
宮崎氏は、戦後は戦争の記憶を封印して作品を書き続け、30年という時を経てから、ようやく戦争体験を作品として描き始めることができました。シベリアシリーズこそが、本当に描きたかった作品なのかもしれません。
重過ぎる経験を時を経ることによって描くことができた宮崎氏対し、吉田氏は戦争の記憶を出し尽くして自身の戦争を終わらせ、ようやく生を描くことが出来たようにも見えます。
晩年の吉田氏は奥様を亡くされ淋しい生活だったのではと想像しますが、作品はふっきれたようにクリア、シンプルに生の喜びや輝きが感じられます。
画家としてどちらが…などというつもりはありませんが、辛い記憶を人はそれぞれ自分なりの方法で整理していくのだなあと思いました。たぶん生涯忘れることはできない記憶ではあるけれど…。

ずいぶん前の話ですが、私の学生時代の教師もシベリア抑留者でした。
シュールでどこかユーモラスな画風、いつもダンディ、飄々とした雰囲気で学生からも人気があり、暗さなどみじんも感じません。。
あるとき回顧展が開催されることになり、そこで初めて先生の青年時代からの作品を見ることができたのですが、中の数枚が暗く沈鬱で、私が知っている先生の作品とあまりに違うことにとまどいました。復員後間もなく描かれた作品で、先生がシベリア抑留者であることをそこで初めて知りました。
その後も先生の口から戦争について話すこともなく…学生の自分もそこに積極的に突っ込むほどの度量もありませんでした。
今はもう亡くなってしまいましたが、今回の番組を見て、先生のことをふと思い出しました。

画家や作家は、幸か不幸かあらゆる経験を作品として発表することができます、というか描かずにいられないのが性か。
しかしそれは、帰ってくることができたなら…という問題がありますが。
そういえばこれはもっと昔、私が子どもの頃ですが、亡くなった祖父母が、南島から復員してきた親戚の話をしていました。戦地での様子を尋ねても決して話さなかった、というような会話。
大勢の人が戦地に赴き、幸い帰ってくることができたとして、その人たちは戦争の記憶ををどのようにとらえているのか?過酷過ぎて話すこともままならない人も大勢いたのではないでしょうか。
戦争は遠い出来事のようにも感じますが、今につながっているのだなあと、言葉にすると軽過ぎて申し訳ないけれど…ふとそんなことを思う8月です。
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