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国立新美術館「巨匠ピカソ」展  

2008年12月16日
ピカソ展開催中に書くはずが、フィギュアスケートにかまけていて、こんなに遅くなってしまいました(汗)
とはいえピカソ、天才、巨匠、怪物、ここまでくるとある意味何を言ってもいいのでお気楽かも、勝手な感想を書いておくことにします(笑)。
今回は、パリのピカソ美術館が大幅改修のため休館、収蔵作品が国際巡回されることになり、今回の企画展開催になりました。
ピカソを冠した美術館は世界に8つ位はあったと思います。それだけ知名度、作品数がずば抜けているということですね。パリの美術館はその中で最も規模の大きい美術館です。

話が脱線しますが、スペインのバルセロナに行った時、ピカソ美術館に行きたくて、地図を見ながらうろうろしました。何と言ってもピカソを産んだ国スペインだし、大通りに面したわかりやすい位置にあるはず…と思ったら、下町の細い路地みたいな所にあって、いかにもかっぱらいやスリが出そう…とびくびく、辿り着くまで迷いながら、だいぶ時間がかかっていました。
古い建物を改築した、いかにもヨーロッパ的なたたずまい、すてきな美術館でした。規模もさほど大きくない、こぢんまり、わかりにくい場所にあるせいか混み合うこともなくゆっくり鑑賞できました。
帰国後、ちょうど大手出版社の(いかにもありがちだけど)世界の美術館シリーズという1000円未満位の本が月刊で発売されていました。なかに「ピカソ美術館」もあり、記念にと深く考えずに購入しました。
…そう、もう想像出来ると思いますが、私が購入したのは、バルセロナのピカソ美術館ではなく、パリのピカソ美術館だったんですねえ、あはは。「パリの」って大きく書けよ…ま、その前によく見て買えってことですね。
ピカソというと、あの路地を迷いながら辿り着いた美術館と帰国後のおマヌケな出来事が、つづけて思い出されます。

ピカソは作品数が多く、また時代によって大きく画風を変えるので、全体を把握するの大変です。彼の変遷をたどる最もわかりやすい方法は、女性関係から系統だてるのが一番楽かもしれません。
評論家によっていろいろな説があるようですが、女性の存在なしでは考えられないピカソの人生、画風と共に女性が変わっていくのではなく、つき合う女性によって画風が変わってきたと言っていいのではないでしょうか。新しい女性と巡り会うことで、新たなパッションが生まれていったとも、今回はそういう意味でわかりやい展示でした。

青の時代は、ピカソが派手な女関係に陥る以前、若者らしい悩みを抱えていた頃です。その時代の作品が1点展示されていました。「ラ・セレスティーナ」、この時代の作品はとても理知的、鋭くストイックな感じがしますね。深い青、研ぎ澄まされた描写力、どこまでも突き詰めて描いてしまう、考えこんでしまう純粋な青年といった感じです。ピカソにもこういう時代があったと思うと、何となく安心します。この悩める時代があってこそ、次の時代(バラ色の時代)があるのだなと感じます。

ピカソの様々な時代の中に「新古典主義の時代」がありますが、この時代のピカソは、バレエダンサーのオルガと結婚、環境も変わりセレブな人々とつき合うようになりました。と同時にそれまでのキュビズムから一転、具象的、写実的、つまり誰が見てもわかる(苦笑)画風に。
この頃の代表作「肘掛け椅子に座るオルガの肖像」が展示されました。
この時代の作品はそれなりに評価も高いし、以前別の機会に単体見た時もいいな思っていました。例えばオークションなどに出品されたら莫大な金額になるのは間違いないです。
ただ、今回のようにピカソの生涯の様々な変遷の中で見ると、新古典主義の時代は意外とつまらなく見えてしまいます。器用な人ですからどのような画風にも対応できてしまうのですが、その技術のすごさ以上に、彼のパッションは伝わってこないなあと。
むしろ、オルガとの結婚が破綻に近づき、悩み深い頃の作品にパッションを感じてしまう。イジワルだけど、幸せなピカソより悩めるピカソの方が、傑作が生まれるということですね。まあピカソに限らず、画家(芸術家)とはそういうイキモノですね。

ドラ・マール、マリー・テレーズの三角関係で悩むピカソは、まさにピカソですね。2人の肖像画を同時に見られるのは楽しい、というか並べて見ることに意味があるのかな。やれやれ2人の女性の間で大変だったんだろうと思いますよ。
この後、また新たな女性、フランソワーズ・ジローと出会いますが、この頃のピカソが最も円熟期、ゲルニカを制作したのはこの頃です。
ゲルニカはスペインに行った際に、マドリードのソフィア王妃芸術センターで見ました(バルセロナのピカソ美術館と違って、大通りちかくの現代的な美術館でした、まあ国宝みたいな作品ですからね)。
壁画でのようなこの作品により平和運動の象徴になったピカソですが、この時も女性関係はぐだぐだ(笑)、本人はもしかして逃避のつもりでゲルニカを制作したのかもしれません。とはいえ平和運動に身を投じるとか、そういうつもりはなかった思いますが。ピカソはピカソらしく作品を描き続け、ゲルニカは一人歩きしたのではないでしょうか。
ピカソは自分自身が見たまま感じたままを作品にするタイプ、戦争の悲惨さに心を動かされ、作品が生まれたとしても、時代背景や大きな思想に影響されることはないような気がします。あくまで自分自身が主役、それこそ巨匠ピカソですね。
見応えのある企画展でした
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