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2011年4月22日の日常

2011年04月22日
東日本で標準時の電波を送信していた「おおたかどや山標準電波送信所(福島県)」が再開し、我が家の電波時計も復活しました。良かった良かった。

昨夜はまた大きな余震があり眠気が吹っ飛びましたが、これからは余震は確率も下がるとか、多少ほっとします。
放射線量も減少傾向に…やれやれ。
仕事場近くの町を歩いてみると、裏路地の古い住宅など被害が大きいなと感じます。
純和風の大きなお屋敷は、この辺りの資産家、震災で崩れた屋根をいち早く工事をしています。お~、屋根が新品の十円玉みたいに、ピカピカ光ってます。瓦が入手しづらいと聞いていますが、銅板で葺くとは、やはりお金持ちは違う(汗)

福島県内では、県外に避難して方たちがだいぶ戻ってきましたが、ここを離れる方も多いようです。
一番は子どもさんのこと、病気や病歴がある人など、転勤族のご家族などは、どうしてもここでなければ…という理由もないですし、また経済的に余裕があれば、妻子は県外にという方もいます。その場合、もう戻らないというより、3ヶ月~1年というスパンが多いようです。
といって、子どもがいなくなったわけではないですが。

原発周辺の相双10校、すべて参加へ 夏の高校野球福島大会

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gaijinpot 日本を愛する外国人からの応援メッセージ(日本語翻訳/英語)
それでも、日本に残ると決めた外国人たちからの応援メッセージ!
震災直後、日本在住外国人がいなくなった…という報道はちょっとショックでしたが、こんな温かいメッセージもあるんですね。

FILMMAKERS FOR JAPAN
国内外の映画人より被災地の映画ファンへのメッセージ

「復興の狼煙」ポスタープロジェクト(岩手釜石市)
このポスター、かっこいいですよね。キャッチコピーもいい。
災害があれば、まず命を救うこと、生きることからですが、復興は時間と共に必要とされる力、支援の内容も変わってきます。
悲惨さだけを訴えるのではなく、現実とかけ離れた夢を語るのでもなく、今必要とされるメッセージはなにか、復興に向かう釜石市民の気持ちを鼓舞するためにも、内外に知らせるためにもいい内容だと思います。
半年後、1年後はまた内容が変わってくる、それが当たり前ではないでしょうか。

話は前後しますが、しばらく前に「がんばろう」という言葉を、今被災して大変な状況にある人に言うべきではない…というような話題が、よそのブログで出ていたことを聞きました。
(「がんばろう」は、うつの人にも言ってはいけない言葉と言われていますね。私も軽い気持ちで日常的に使いますが、そういう挨拶の延長のようなケースはとりあえず置いておきます。)
家族をなくし、家を失い、仕事もない…それで「がんばれる」わけないじゃないか、ということです。
私はその通りだと思います。大きなダメージを受けたり、失った物が大きければ、どうしていいかなどわからない。どうしていいかわからないのに、がんばれるわけはないのです。
「がんばれる」人は、今何をすべきかわかっている人、具体的な仕事や計画、勉強、試合などが目の前にある人ではないでしょうか?

今現在被災地では、食糧や当面必要な生活物資などは、ほぼ困らないくらいに行きわたっているようです。
次は将来のこと、これからどう生活していくか、家は、仕事は、町は…ということだと思います。
それが見えてきたら、この言葉が生きてくるのでは?
「がんばって」そう声をかけてもいい人が、少しでも増えていたらと願っています。

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